みよ、この本の存在感。ちなみにこのすかすかでぐちゃぐちゃな本棚はわが本棚である。その中でもひときわ圧迫してくるのが中央に鎮座しておられる『立花隆の書棚』。ページ数はなんと650ページもある。
これだけのページ数をかけて何をやっているのかといえば、立花隆さんの書棚を、これでもかこれでもかとカラー写真でおさめ、それを立花隆さんがこれでもかこれでもかと解説を入れていくという体裁の本である。僕は紙の本が家にごろごろ転がっているのが嫌いなのですぐに捨てるし(だから本棚は一つしか無いしすかすかだ)、重けりゃ切り刻んで持ち運ぶのだがそれでもこれだけ本が並んでいると圧倒される。
電子書籍に何千冊何万冊本が入っていようが、誰も何も思わない。すごいね〜ぐらいは思うかもしれないが。ただ壁という壁、棚という棚に視覚的にありとあらゆる分野の本が並べ立てられていると、人は視覚的に圧倒されるのである。本来目に見えないはずの「知」が目の前に物質として存在する、それはひとつの物質としての本の機能である。
ところで立花隆とは何者ぞという方に紹介しておくと、日本でも有数の読書家、ジャーナリストとして知られ、あまりにも胡散臭い科学ノンフィクションから割と面白いノンフィクション、それから読書術の本まで雑多な本を出してきた。最近あまり追ってないし、手放しでほめられるような本ばかりでもないのだけど、こういう『本の本』なら話は別だ。
なにしろジャンルが幅広い。宗教、言語学、宇宙、脳科学、世界史にエネルギー関連の本まで取り揃えており、興味がびんびんに刺激される。言っていることが仮に胡散臭かったとしてもそこにある本はホンモノだ。「あ、こんなものがあるのか」「こんなものもあるのか!」とひとんちの本棚を漁るのは楽しいものだよ。
こんなかんじで紹介されていく。むかし小飼弾氏の著作のどれかで本棚をみたらきれ〜に、整然と並んでいたのでそういうのを期待していたら、けっこうぐちゃぐちゃに入っているので驚いた。横になってるのもあれば斜めになっていたりすかすかの本棚もあり。まあ特に整理する人間がいなければそんなものだよね。
また解説といっても、ずっとこの本はこうで〜と説明しているばかりでもない。ところどころエッセイのようになっていて、あるサイエンスの棚の箇所では『サイエンスについて語ることの難しさ』というお題で軽く書いているし、エネルギー関連の箇所では原発について一席ぶっている。散々胡散臭いといっておいてなんだけれども、やっぱりすごいなあと読んでいると思う。
ひとんちの本棚を見るのってすっごい楽しいんだよね。頭のなかを直接まさぐってる感じに近いからかもしれない。これだけ存分にまさぐれる書棚は、なかなかないぞ。
- 作者: 立花隆,薈田純一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2013/03/08
- メディア: 単行本
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