基本読書

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作家夫婦の静かな旅行記──『モルテンおいしいです^q^』 by 田辺青蛙

小説家夫婦である田辺青蛙さんと円城塔さんのアメリカ旅行記。

僕はどちらの小説ファンでもあるわけなので特に逡巡なく手にとったけれども、どういう人がこういう本を手に取るのだろう。ちなみに本は新宿紀伊國屋本店の、旅行コーナー棚(アメリカ)の中にひっそりと刺されていた一冊を救出してきた。置かれていた本棚からいっても、アメリカにいこうかしらん、地球の歩き方を買って、ついでに旅行エッセイでも買いましょうかとか、そんな感じなのだろうか。

ファンであることとは別に、旅行記、旅行エッセイというものが僕は好きである。それも長期間、それなりに集中して「旅」というものに意識を集めたものが好きだ。これはごく個人的な考えなのであまり気を悪くされないでもらいたいのだが、あまり短期間の旅行に興味が無いから、というのはひとつあるのだろう。短時間で追い立てられながら、いくつかの観光名所とされているところを見て回る。ほうあれが、と見て、くたくたに疲れきってそれで終わり、というのはどうにも疲れてしまうだけであまり面白みがない。だいたい観光名所といったものに興味がないのだ。

そのわりに場所を変えるのは好きで、あちこちいってしばらく一ヶ月とか二ヶ月とか滞在してみたりする。そうすると近所に買い物にいくんだったらどこだとか、便利な本屋はどこだとか、あそこの道は自転車で走りやすいとか散歩していると気分がいいとか局所的な情報が集まってくる。僕にとっての「旅の醍醐味」みたいなものは、そうしたある程度じっくりと腰を据えてはじめて見えてくる物を集めるところにある。一瞬で通り過ぎるだけでは見逃してしまうようなその場所固有の情報を手に入れること。で、なかなかそうした情報は時間と目的に追われていると目にはいらないものだ。

そういう意味で本作は気楽な(というほどには気楽ではないんだろうけれども)作家の夫婦旅。冒頭こそSFイベントのワールドコン、二泊三日の電車の旅とイベントが続くが三ヶ月のスパンをとってアメリカを横断し、アパートを借りてだらだらと過ごしている日々が伝わってくる。別にアメリカ文化への優れた洞察になっているわけでもない(そんなものは別に求めていない)、自身がアメリカを旅行した時に何か参考になるかといえば、あんまりならなそう。だがここには確かになんでもないような出来事──尋常じゃなく電車が揺れまくるとか、ソルトレイクが本当に塩湖だったりとか、謎の怪音がしてさっぱり眠れないとか、そういう小さなことの積み重ねがスナップショット的に収められている。

あと忘れちゃいかんのは、これが夫婦の旅だってこと。当然同行しておりほとんど唯一の話し相手なのだから、そこかしこに円城塔さんと田辺青蛙さんのかけあいが展開されている。被写体としてうつっている写真は円城塔さんの方がずっと多いし。人間と人間であるのだから凹凸がぴたっとハマるようには完全な一致は存在しない。そんな中でも、お互いがお互いのことを尊重し、ズレを補填しあいながら日々のサイクルを回していることが伝わってくる、良い夫婦生活が淡々と描かれていく。特別なことはほとんど起こらないけれども、しかしその何も起こらない中での何気ないやりとりがじわりとくるのだ。読んでいて、ここにあるのは人間と人間の関係性のとりえる形としては、最良のものの一つなのだろうと思わずにはいられなかった。

本書の最後の方にはお二人が結婚してから約3年経ってあらためてナパで結婚式をあげるまでの経緯と、その内容が描かれている。それがまた、過剰に盛り上がるのではなく、かといって義務的なものであるわけでもなく、やるべきことを、やるべき時がきたからやるのだという自然さのあふれる形で進行しており、グッとくる。ウェディングドレスを着た田辺青蛙さんはまことに美人さんでした。

モルテンおいしいです^q^

モルテンおいしいです^q^