基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

宇宙探査機 ルナ1号からはやぶさ2まで50年間の探査史 by フィリップ・セゲラ

仕事から疲れて帰ってきたが、Amazonから送られてきた本書を手にとって読み始めたら疲れが吹き飛んでしまった。何千万キロも離れた惑星へ向けて、人間が創りあげたシステムをあらゆる事態を想定して送り込む、気の入った仕事をしてきた人たちの達成を目の前にして、一瞬で遥か彼方の天体まで気持ちがとんでいって、爽やかな気分になったのだ。現実の歴史なのに、フィクションのように現実を忘れてしまう。

本書『宇宙探査機 ルナ1号からはやぶさ2まで50年間の探査史』はその名の通り、「宇宙探査機」の歴史だ。有人の宇宙活動や、地球のまわりを飛んでいる人工衛星についてはまったく書かれていない。他所の天体にいって、調査をして、帰ってきたり、そのままその星に墜落したりする、正真正銘の「探査」を目的にした奴らの歴史なのである。

宇宙開発は、到達できる範囲・地点を拡大することから始まっています。その後、成熟した技術を用いて、利用・応用が始まり、人間が飛行して活動する領域・段階へと進んでいくのです。──川口淳一郎さんによる序文より

素晴らしいのは何をおいてもまずはその写真である。表面積にして通常の新書約3.2冊分、ページは400ページ近くという巨大な一冊だが(おねだんもちょっとする。)その分、永久保存版の内容。「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーであった川口淳一郎さんが本書の序文で『お子さん方には、言葉や説明は要りません。たとえ詳しい意味をご存知なくても、読めなくても、写真や図を、時間のたつのも忘れて眺めるかもしれない。それはきっと、その子に大きな夢を育むに違いないのです。』といっているがまさにその通りの一冊になっていると思う。

みたこともないような美しい火星、金星、月といったメジャな天体の写真から、アイスにチョコをまぶしたような外見の土星の衛星イアペトゥスの写真や、空気が抜けかかってシワがよりはじめているような衛星エンケラドゥスの写真のようなマイナなものまで、天体の写真はどれを取り上げても、ぞくぞくするような興奮がある。何千万キロと離れた天体の写真を手の中に収められるのだから。

が、同時に探査機の写真、解説もまた嬉しい。探査機の形には、それを創りあげた技術者の意志がみえる。重量をぎりぎりまで抑え、また動作ミスや突発的なアクシデントを防ぐためか、探査機のパーツはすべての要素が「目的」、つまりは人間の意志を感じさせる。

また宇宙計画には膨大な予算がかかることから、ロマンだけでは終わらない、科学者と政治屋、それから実際に自身の生活へ振り分けられたかもしれない資金を、地球外への探求に向ける一般市民への理解も必要だ。解説はそうした政治的部分と、それからもちろん機体の技術的な側面をそれぞれの解説で補っていて、これもまた読み応えがある。

何千万キロ、時には1億キロ以上も離れた、それも地球と環境がまったく異なる惑星の調査をする為に、人間は探査機を創りあげてきたのだ。一度失敗したら、次のチャンスがいつめぐってくるかわからないので、ミッションにはあらゆる課題への想定パターンが盛り込まれている。一基の探査機ミッションに、いったいどれだけの人間の思考力が費やされているかと考えると、ぞっとするような気持ちになるのもわかるだろう。

遠い遠い星に、人間はすぐにはいけないけど探査機はいけるんだなあ。ほとんど不可能なように見えることも、目標を立て、科学的な検証と計算を積み重ねていけばできるのだ。あらゆるケースを想定しただけではまだ足りない。宇宙探査機や、これを打ち上げるためのロケットのボルト一個にさえ最新の注意を払い、細心の注意、すべてにおいて精密な仕事が求められる。でもそれを、みんなやってきたのだ。

それでも失敗するときは思いもしないことが起こって失敗するんだから、歴史として眺めるとこれほどおもしろいこともない。渦中の中にいたひとたちからすれば、たまったものではないのだが。いやーでもほんとに凄いよね。火星に行っちゃうんだもんな。ごつごつした岩が無秩序に赤い土の上に並んでいる風景や、火星の北極に存在する氷を含む物質のあるボレアリス大平原など信じられないぐらい凄い。

この本をぱらぱらと読んでいく中で風景にすごいなあ、すごいなあと思いつつも同時に尊敬が生まれるのはそれを達成した人間の意志だ。はやぶさが帰ってきた時、探査機自体が大盛り上がりだったけど、成し遂げたのははやぶさを作った人、運用した人たちなんだよね。そしてそれ以前の、地球重力から逃れて軌道を離れていく為に必要な脱出速度を求める計算式、ニュートン力学の誕生から、綿々とつながってきた歴史の上に立っているのだ。

きっと折にふれて何度も開き直す本になるだろうな。素晴らしいフィクションと同様、こうした本は思考を一気に別の場所に連れて行ってくれる。こういう本を手元におくために日夜働いているのだね。蛇足ではあるが、お値段が4000円超えと高めなので難癖もつける。写真や図に大きく場所をとってくれるのは嬉しいが、その分文章量はあまり多くなく包括的ではあるものの、個々のミッション、探査機への注釈はもっと執拗にやって欲しかった。これは著者が宇宙工学に第一線で関わってきた専門家でないところにも大きく起因しているのだろうけれど。

ちなみに本書で序文を書いているはやぶさプロジェクトマネージャーだった川口淳一郎さんの本が、たくさん読んだはやぶさ本の中でもぴかいちにおもしろかったのでついでにご紹介。⇒カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた - 基本読書