ずいぶん不思議な一冊である。真面目な内容に見えてくだけた文体かとおもいきや、一瞬で遠い生命の起源にまで思考を飛ばす。熱くて青い情熱が溢れんばかりとおもいきやその中に冷静さがある。まったくそそられないタイトルだが、本書は海洋研究開発機構(通称JAMSTEC)にて働く研究者、高井さんによる深海冒険記である。海洋研究開発機構といってもよくイメージがわかないが、国の研究機関で、有人潜水艦のしんかい6500などを有する、潜水艦のほうがむしろ有名であるともっぱらの噂の組織である。
第1話 実録! 有人潜水艇による深海熱水調査の真実
第2話 JAMSTECへの道 前編
第3話 JAMSTECへの道 後編
第4話 JAMSTEC新人ポスドクびんびん物語
第5話 地球微生物学よこんにちは
第6話 JAMSTECの拳―天帝編―
最終話 新たな「愛と青春の旅だち」へ
国の研究機関につとめていて、真面目に微生物の話をするのかと思うかもしれない。ただし目次をみればわかるが、くだけきったノリノリの文体で実に面白おかしく自分の研究記を語っていく。青春記、といった言い方があるが、本書は高井さんの人生における研究にかける情熱を語った研究記なのだ。これが実におもしろい……というか、凄まじいというか。
たとえば第一章ではつかみとして、実際に有人潜水艇による深海調査のレポのような文章が読める。2009年10月10日から10月30日までJAMSTECのよこすかとしんかい6500を用いてインド洋熱水探査調査をしていた時の場面で、スケーリーフットというつい最近見つかったばかりの新種のへんてこな生物と出会った時の描写などなかなか白熱している。
もう一度、カメラモニターに目を移し、カメラをその生物集団のほうに向けて、ズームアップしてみる。「白い貝のようだな。うーんなんだろうな。あんまり見たことがないな。んっ? 巻貝!? なんかウロコみたいなのが見えるぞ?」と心の中でつぶやく(この間約0.001秒)。
その瞬間、全身に稲妻が走った。キタァァァァァァ!!!!
「スケーリーフットや!!!!!! 白いスケーリーフットや!!!!」
▶ 白いスケーリーフット! - YouTube ここでその時の様子が見れる。台詞はそのままではないが、なんというかそのまま興奮が伝わってくるような叫びで深海研究楽しそうでいいなあ! と思わずうらやましくなってしまう。そして文体そのままのしゃべり方! ちなみに白いスケーリーフットはこの時初めての発見だったみたい。
研究の楽しさ、興奮というのは世界でまだだれも知らないことを、自分が最先端を突っ走って開拓しているというところにあるのだと思う。僕自身は研究者ではないが、研究者の話を聞いたり読んだりしていると、その「世界で初めての発見」への興奮を感じる。そして自分が当該分野においては間違いなく最先端なのだとする強い自負といったものが誰にもある。俺/私こそが世界認識を拡張しているのだという感覚は、たしかに変わるところのない楽しさであると想像する。
その中でも深海の生物研究者たちはいっしゅんの偶然から今まで「誰にも知られていない」生物を発見し、その瞬間に世界の認識を拡張する瞬間がくるわけで、深海生物の研究者たちはとにかく叫ぶ。ちょっと前に読んだ辺境生物探訪記 生命の本質を求めて/長沼 毅,藤崎 慎吾 - 基本読書 この本の中でもチムニーとよばれる海底から噴出する熱水に含まれる金属などがあつまってできる構造物をみつけたときに『チムニーだ! チムニーだ! チムニーだ! チムニーだ……」と合計17回も叫んだ(笑)』という逸話が紹介されているが、偶然の発見ってのがやっぱり興奮につながるのかな。
もちろん新種の発見だけが生物系の研究者の仕事なはずもない。僕は正直いって、こんなに楽しそうに研究をして、そして凄まじい成果をあげている高井さんの研究記をみて、うらやましくなって自分が悲しくなってきてしまったりもした。高井さんは昼も夜もなく研究にいそしんで、そして途方もない目標を揚げ(生命の初期深化に直結するような極めて期限の古い始原的古細菌のハンティング)実際にそこに向けて着実に、今になってもどんどん前に進んでいるのに、自分はそうしたことはなんにもしていないなあ……と。
高井さんの話は、今まで何をやってきたのか、とおじいさんのように終わったことを回想するものでもない。現在進行形で続いている話なのだ。最終話では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から高井さんの元へ「エンケラドゥス探査に関して」という題名でメールが送られてくる。エンケラドゥスとは土星の第二衛星で、最近NASAの無人土星探査機カッシーニから宇宙空間に噴出する巨大な表中が存在していることが確認されていたらしい。
そしてまだ確定ではないものの、そこには水素やメタン、硫化水素アンモニアといった地球の深海海水と同じような物質がある可能性がでてきた。そうすると当然、生物の発生の可能性も出てくる。宇宙といえども深海と同様の環境であれば高井さんはその道のエキスパートである。場所が宇宙に変われども、そこは自身のフィールドなのだ。
「ちょっと待て、オマエら。地球の深海熱水環境をはじめとする暗黒の生命生態系の駆動原理を突き止めたのは誰だと思ってやがる。地球だろうがエンケラドゥスだろうが、深海熱水の生命に関しては誰にもまけんぞ。深海熱水がある以上、宇宙だろうがなんだろうが、そこはオレのフィールドオブドリームス。よっしゃ、やったろうやんけ!!」
JAXAからのメールはこのエンケラドゥス探査に協力してもらえないだろうかという依頼だったのだ。こうしてまた新しいフィールドに乗り込んでいく高井さん。なんて楽しそうに仕事を語る人なんだろうなあ。その尽きることのないエネルギーと、どんどんおもしろくてたまらない、未知の世界へとその足跡を残していく開拓精神に、読んでいてわくわくが止まらないのと同時に嫉妬を覚えてしまうのもわかるというものではないか。
たしかに実現は簡単じゃない。一見、途轍もなくハードに見える。
でもボクが研究者を目指していた20歳のころ、果たして自分が実際に深海に潜って生命の起源に近づくような研究ができるようになると想像していただろうか。ボクはただそうなりたいと必死に願っていただけだ。それに向かって一生懸命に突っ走っていたらそうなっていたんだ。
まだまだ止まらずに走り続けてほしい。
- 作者: 高井研
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
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