基本読書

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ペンギン・ハイウェイ (角川文庫) by 森見登美彦

有頂天家族を読み、すっかり森見登美彦作品のとりこになってしまった(デビュー作の太陽の塔は読んでいたけれど、以後の作品は読んだことがなかった)。そうして夜は短し歩けよ乙女⇒四畳半神話大系ペンギン・ハイウェイKindleで読める森見登美彦作品をもさもさと読んできたところである。ちょうど角川の合併半額セールでどれも200円ぐらいで買えたのはまことにタイミングがよかった。

どれも安定して素晴らしい出来だ。ファンタジックな風景を描写しているのにまざまざとその状況が浮かんでくる。これほどまでに文章がそのまま情景へと置換される作家に出会ったことがない。最初は、現実に存在する京都の町並みをそのまま描写しているからこその現実感であり、情景なのかとも思っていた。しかし本書ペンギン・ハイウェイは京都ではない郊外の町である。そして道路にはときたま謎のペンギンの群れが現れ、乗り物に載せて運ぶといつのまにか消えてしまう。

ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。

語り手は小学四年生の男の子で、知識欲が旺盛で本をよく読み、観察した結果をよくノートに書き込み、そして小学四年生にして自身の研究をいくつも並行して進めているので時間がない。いじわるをされても怒らず、起こったことを受け入れ、自身の感情に左右されずに物事の利益と不利益を判断できる特異な有能さをすでにして持っている。小学生にありがちな異性と仲良くしていると茶化されることも、少年はまったく意に介さず自身の論理を強固に押し通す。

つまりはとても聡明なお子様なのだった。ペンギン・ハイウェイはこの聡明な少年が、短い期間に起こったさまざまな出来事の中で研究を進め、年上のお姉さんとの関係を進め、周囲の人たちとの関係を変化させて、加速的に成長していく物語だ。町に突然ファンタジックな出来事が起こるところから物語ははじまる。先程も書いたように、突如まちなかにペンギンが出現したのだ。

これは科学的な理由があるものでもなく、実にファンタジックな方法で出現する。そして話が進むにつれて、いくつかの不可思議な、幻想的というほかない、現実には存在しない謎の事象が発生する。少年は持ち前の利発さと父から教えてもらった問題解決手法とノートを武器にその謎を解き明かす研究を進めていく。

 父の三原則について
 父はぼくに問題の解き方を教えるときに、三つの役立つ考え方を教えてくれた。そろえらをぼくはノートの表紙に書いて、いつも見られるようにしていて、それは算数の問題などを考えるときに役立つ。
 以下のリスト。
  □問題を分けて小さくする。
  □問題を見る確度を変える。
  □似ている問題を探す。

少年が父から受ける教えはこれだけではない。そこには実に理想的な親子関係があるように僕には思える。父親は身の危険に関わること以外は決して何も強制しない。問題を細かく問いただして答えを与えたりもしない。否定もしない。ただ実に抽象的に、問題全般にわたる解き方、考え方を教えてやるのである。一日何も食べず、空腹を体験するという実験を突然始めた少年にたいして、呆れながらも受け入れてやる母親も見事だ。そして少年はちゃんとそれに答える。

この物語の主人公が、乳歯が生え変わりつつある年齢だというのは随分と印象的だ。ぐらぐらと歯が揺れて、一本一本抜けていく。そして永久歯がはえてくる。それはそのまま大人になることではもちろんないけれど、少年がたしかに一歩ずつ大人になっていくことの確かな物質的な証拠である。日々新しいことを吸収して、日々研究を進めてまざまざと成長していく様子が、未来を確実にしていくようで読んでいてとても楽しい。

きっとこの物語においては、主人公はちょうどこれぐらいの年齢の子でなければ成り立たなかっただろう。不思議を不思議として受け入れられる、頭の柔軟な子供時代でなければ、ペンギンが海から出現する以外の状況で冷静に研究なんてできないと思う。そしてその後の数々の不思議さえも。不思議を不思議のまま受け入れる子供の柔軟な精神と、しかしそこに理屈を見出そうとする科学の精神がこのマセた少年の中に奇跡的に同時に存在していたからこそ、この物語が生まれた。

そして何より凄いのは、その幻想的な情景描写だ。四畳半神話大系では無限に続くかに思える四畳半と、その四畳半の北、南、東、西にそれぞれ何があって何がないのかが克明に描写されていた。僕は絵が書いてあるわけでもないのにその四畳半を詳細にイメージすることが出来た。夜は短し歩けよ乙女では縦横無尽に描かれる大学の情景が、樋口式飛行術を駆使して大鷲のように飛ぶ主人公の姿が、有頂天家族では井戸と蛙に変身したまま戻れなくなった狸の姿が、どれも鮮明に浮かび上がってくる。

ペンギン・ハイウェイで印象的なのは突如として町にあふれんばかりに出現するペンギン、この世に決して存在しないはずの浮いている謎存在<海>が町を激変させていく様子、喫茶店海辺のカフェで窓側の窓際の定位置に座ってぼんやりとしていたり勉強していたりする情景だ。ああ、くそっ、だめだ、礼儀を失するとしても、ネタバレしないではこの感動が伝えられん! 以下もっとも心にのこった場面を引用してやる!! 

ペンギンを生み出していたのは、少年がチェスなどを教えてもらっていたおっぱいの大きな親しいお姉さんだった。お姉さんと謎物体である<海>には関係がある。お姉さんはなにか質量のあるものからペンギンやその他もろもろのなんだかよくわからないものを産み出すことが出来た。

 住宅地をぬけていく間に、お姉さんが通るそばから次々にペンギンが生まれた。アスファルトが焼いたモチのようにふくらんでペンギンが生まれ、街灯の電球がペンギンになって降ってきた。自動販売機からペンギンが現れ、空き地にころがっていたジュースの空き缶やバイクの残骸まで、あらゆるものがペンギンになってしまう。そしてお姉さんが口笛を吹きながら手を挙げると、生まれたばかりのペンギンたちは英国紳士みたいに背筋をのばして、押しあいへし合いしながら追いかけてくる。

次々と生まれ出てくるペンギン。アスファルトから生成されるペンギン。街灯から生成されるペンギン。自動販売機から、ジュースの空き缶やバイクから、どんどんペンギンが生まれてくる。しかも口笛を吹きながら、船頭によって統率されて。こうした情景の一つ一つが僕を虜にする。目が離せなくなる。情景だけ読んで泣けるものね、僕は。この場面も読んだときは5分ぐらい固まっていたよ。

四畳半神話大系、有頂天家族と森見登美彦作品は続けてアニメ化されているが、その理由はこうした映像がまざまざと浮かんでくる文章表現にあるのではないかと思う。少年がひとつの別れを経験してちょっと大人になっていく、子供ながらの純真さと、子供らしからぬ科学的探究心によってファンタジックな謎を解き明かしていく、そしてそれを包み込む優しい大人たちと世界観。全体的にすごく大好きな作品だ。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)