基本読書

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無職のダメ男とポンコツロボットコンビによる再生の旅──『ロボット・イン・ザ・ガーデン』

ロボット・イン・ザ・ガーデン (小学館文庫)

ロボット・イン・ザ・ガーデン (小学館文庫)

表紙デザインの素晴らしい一冊で思わず手にとってじっと見てしまった。

書名からしてど真ん中のロボットSFなのかと思うかもしれないけれど、本書におけるロボットは、「まだ純粋な子供」であり「無垢に主人を信じ、従い、それにより主人の傷んだ心を再生してくれる」存在として描かれていく。他の部分(たとえばロボットはどのような機構で動いているのか、その知能はどのような仕組みなのかなどの説明/描写)はおおむね省かれているので、いわゆるSF的には薄味である。

とはいえつまらない、魅力のない作品というわけでもない。家事などのお手伝いアンドロイドなどが普及した未来の世界において、旧型のポンコツ・ロボットと共に行われるダメ男の再生/成長の旅は、男のダメさに自分(と、おそらくは世の多くの人)と重なる部分が多くあるだけにぐっと胸に迫る。本書は、ロボットSFとしての評価は微妙にしても、20半ばから30代ぐらいの人間が迎える「自分はこれまで人に誇れるほどのことをしてきただろうか」とつい考えこんでしまう、壮年期特有のアイデンティティ危機と向き合った作品として実にしっくりくる一冊だ。

あらすじとか

ある時ベン・チェンバーズとエイミー・チェンバーズが暮らす家の庭に一体の旧型の箱型ロボットがやってくる。言葉はカタコト、出来ることもほとんどないロボットだ。エイミーはとっとと追い払ってくれというものの、ベンは気になってしまう。

そもそもベンは、親の遺産によって働かなくとも生きていけるだけの金があるため現在無職であり、ロボットにかまってやる時間が無数にある。ロボットがどうとかいう問題以前に、そうした状況にたいしてエイミーは「仕事は単にお金を稼ぐだけのことじゃないのよ。ロボットにかまっている暇があんならあんた早く働きなさいよ」といってベンの生き方それ自体に否定的である(自身は法廷弁護士として働いている)。

ロボットの金属板には、所有者はB……、Micron、PALなどの断片的な単語(一部しか読めない)が記載されており、暇なベンはそのヒントを元にこのポンコツ・ロボットを修理に向かおうとするが──エイミーからは「バックパッカーみたいな真似なんて34のまともな大人がすることじゃないわ」と壮絶に非難され、それまでの鬱憤も積み重なっていたこともあり二人は離婚する羽目になってしまう。

エイミーの非難はまったくもってその通りというか、ベンは苦労もしていない上に何もしなくとも生きていけるので、あまりにも他人の気持ちにむとんちゃくなところがある。エイミーは子供がほしいとサインを出していたが、離婚を切り出される決定的な決裂の瞬間まで、子供のことを考えたこともなかったぐらいには自分のことだけを考えて生きてきた男である。だがそれ故に、彼の人生においては"何ひとつ成し遂げたことがない"という事実が、自責として重荷になっている。

離婚宣言によって、ベンの延長され続けてきたモラトリアムは終わりを告げる。襲ってくるのはどうしてこうなったんだという強烈な悔恨だ。そこで彼は、せめて"何ひとつ成し遂げたことがない"状況から脱するため、妻に「どうせできっこない」と言われたこと──ロボットに残されたヒントを元に製造業者や開発者を訪ね、この普通のロボットとは明らかに違う特異なロボットを修理する旅に出る。

タングは簡単な質問になら答えられるが、長い文章は喋ることができない(例「液体がなくなったら、どうなるんだ?」「止まる」)。そんなタングを引き連れる旅は、ほとんど幼児を連れて行く過程のようなものだ。世間の奇異の目(タングは珍しい型のため)に晒されながらも、タングの世話や教育を通してベンは初めて「自分が誰かに与えること」を知っていく。製造業者をめぐり、開発者をたずね、カリフォルニアから日本まで世界の各地を周っていくうちにタングはだんだんと言葉を覚え、できることが増えていくが、その過程を通してベン自身も成長していくのだ。

おわりに

果たしてタングはいったい何を目的につくられたロボットで、なぜベンの家の庭に突如訪れたのか? オチも含めて最初に書いたとおり、SF的に斬新なところは存在しないが、この手のロボット物としてはすっきりとまとまっているなかなかの秀作だ。

出来損ないのロボットには「出来損ないだからこそ、世話をしてあげたくなる魅力」があるのも地味に良い。ルンバも変なとこに突っかかっていると「おいおい、困ったやつだな」と思いながら助けてやると良いことをしたような気分になるしね。

本書は真っ当な、いわば「綺麗な」ロボット教育SFなので、ひねくれたロボットSFが読みたい場合はちょっと高いけど近年では『ロデリック』がオススメである。

ロデリック:(または若き機械の教育) (ストレンジ・フィクション)

ロデリック:(または若き機械の教育) (ストレンジ・フィクション)