『繁栄』繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史 - 基本読書 のマット・リドレー。生まれか育ちか議論に決着をつけるべく詳細を語っていった一冊で、最近文庫化された。繁栄はちょっとズレたけどもともと遺伝子とかそっちが専門の科学ジャーナリストなんだよね、マット・リドレーって。初出は日本語訳が2004年で原書は2003年。10年以上前の話、当時の最先端とはいっても今は新書やらなんやらで新しい本がいくつも出ている。
このへんとか遺伝子と環境の相互作用についての2冊 - 基本読書 エピゲノムと生命 (ブルーバックス) by 太田邦史 - 基本読書 このへんとかの方が新しい。新しい知見を取り入れた本が何冊も出ているので本書をあえて読む理由は特にないような気もするが、扱う幅が広くまとまっているので、そんな何冊も読んでいられねえよという場合はこれを読むといい。
人間生まれもあるし育ちもある、というのはまあ基本的な常識だろう。一卵性双生児がまったく同じ能力をもったコピー人間になるわけではない。だが実際には生まれてすぐに離れ離れになった一卵性双生児の能力、肥満度、IQなどを比較してみると高い相関を示すことがわかっている。病気の発現も、特定のものについては相関が強く認められる(統合失調症とか)。親によって顔や身長があんだけ変化するんだから、それ以外の目に見えてこない部分の能力が物凄く影響を受けていても何ら不思議ではないんだよなあ。
こうした双子実験などによりある程度遺伝子がその後の能力発現に与える影響が把握された今、「いったいどのようにして「育ち」が遺伝子の発現に影響を与えるのか、どのようなプロセスが関係しているのか」といったより詳細な部分の分析に今はうつっている段階なのだろうと思う。その分野で面白いのは「エピゲノム」というキーワードだが、『エピゲノムと生命』はその中でもわかりやすい(その上新書だから易い)一冊だ。
ここからは個人的な語だけども、生まれと育ちが個人の能力にどのように関係しあっているのかかというのは、僕の場合は自分が生きていく上で人生観を定めるために重要だった。たとえば「努力しろ」といっても、努力できるレベルでさえも生まれである程度決まってしまっているのであったら、単に「努力しろ」といっても無意味だ。僕は自分自身が学習意欲への階層でいえば低い側であると前提とした上で「それでも何かを継続させるためにはどうしたらいいのか」とか「その上で幸せをつかむためにはどうしたらいいのか」といった「能力の限界を考えた上でできること」考えていくことになった。
ようはどこまでが人生におけるコントロール可能領域なのかという話だ。すべてが思い通りになるわけではない以上、何かまずいことが起こった時に「不運だ」といっていても仕方がない。もし仮に自分にとってコントロール可能領域であるのに(たとえば明らかに失敗すると誰にでもわかるような事業に大金を突っ込んだり)「不運だ」と運不運のせいにしていたら、うまくいくはずのこともうまくいかなくなってしまう。どこからどこまでが「コントロール可能領域」であり、どこからどこまでが「運不運の問題」なのかを、自分なりに自分の人生に持っておくことはその時々の人生の肯定感というか、納得感に繋がっていくと思う。
現代社会は「誰もが学習すれば望む地位を得られる平等な社会だ」という建前で回っている。みな学習しさえすれば上にいけるし、学習能力はみな平等にそなわっているから。しかしその学習意欲、学習能力自体に生まれながらの格差があるのだとしたら、その前提は崩れてしまう。社会の制度デザインにも関わってくる話だ。
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