実際のところ身長や体重については生まれつき決まっている部分が少なくはないこと(一卵性双生児についていえば90%程度の類似率)がわかってはいる。たとえば一卵性双生児で読書障害を持つ割合は6割近くなるし、自閉症やアルツハイマーも共に50%程度の相関が見られる。IQについても相関がみられ、まあ顔やなんかは明らかに遺伝で影響を受けるので人間の能力についてもその影響があることを否定する材料は今のところないといっていい。
とはいっても類似率は100%になるわけではないし、我々は遺伝子がいくら同一であろうが育ちというか、成長していく過程でなんらかの力が働いて別々の人間になっていくようだ。一卵性双生児の片方が統合失調症を発揮した時、双子の片割れが同じく発症する確率は50%になる。その差はいったい何が生み出しているのか? それを問うていくのが本書のテーマであるところの『エピジェネティクス(Epigenetics)』になる。
説明は最初から専門用語が乱立していって入り組んでいくのでここで詳細をだらだらと述べていくようなことはしない。概要だけさらっと流すと、DNAに数珠状に結合した「ヒストン」というタンパク質が階層的に集合して「クロマチン構造」や「染色体構造」と呼ばれる特別な状態を保つことでまったく同じDNAから複雑な表現形態が可能になっていく。ようはDNAという情報形態にたいして、それをどう使うかといったメタ情報を書き込むこと、そしてそれを記憶することが出来るようになるのだ。
本書ではそれを「DNAがいろいろな服を着た状態」であり、裸のDNAしか持たない場合に比べて複雑な生命情報の記述を行えるようになっていくと表現する。誰もが持っているのは裸のDNAだが、実際は日々を過ごしていくうちに「服を着せ」変質を遂げていく、その仕組の理屈ということになる。生物学ではよく「生まれか育ちか」が話題になるが、「生まれ」つまりは遺伝子がいかにその後に影響を与えるかの研究はよく読んでも「育ち」がいかにして人間に影響を与えているのかの情報が乏しかった。
本書は「育ち」の理屈を教えてくれる。DNAとは何か、なぜDNAという一次元情報が人間の顔や形といった三次元の立体情報を正確に反映させることができるのか、「DNA⇒RNA⇒タンパク質」といった生命の成り立ちについて普遍的に存在する生命原理、「セントラルドグマ」のような基本的知識から丁寧に教えてくれるので広範におすすめの一冊になる。
人間の身体が分子レベルからどう成り立っているのかという理屈を知ることは、素晴らしくよく出来た推理小説を読んでいくような興奮があると僕は思う。
- 作者: 太田邦史
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/08/21
- メディア: 新書
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