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メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱 by ヨアングリロ

メキシコの麻薬戦争について知りたければこれを読めという決定版が出た。この『メキシコ麻薬戦争』は麻薬戦争の歴史からその実態、中の人の声、宗教から文化まで幅広く取り扱っていく重厚な一冊だ。もう何年も前からメキシコ麻薬戦争がらみではひと目みて「嘘だろ?」と疑いたく成るような現象が多発しているが、それらがなぜ起こり、なぜ是正されず、実態として何が起こっているのかがよくわかる。

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殺しにつぐ殺し、一日に何十人もが路上で殺され、暗殺される。警官は報復の為殺され、殺された警官の葬式をテレビ中継したらその次の日通夜中にギャング団が押しかけ親類縁者を皆殺しにする。もちろん「俺らに手をだすんじゃねえぞ」という警告のためだ。頭を切って路上に晒す、拷問をする、なんでもござれ、その被害はこれまでほとんど警官や軍の人間だったものの最近は一般人までもがターゲットにされている。

ジャーナリストはもうこの事態について、報復を畏れて報道をすることすらない。警官は賄賂を受け取りいくらでも罪を見逃し、何十人も同時に脱獄したり、刑務所に入った人間が警官の拳銃を借りて外に出て人を殺して戻ってきたりする。腐りきった警察機構に麻薬ビジネスを基調とした圧倒的な資金源、それによる武装と役人の買収によりずぶずぶとなったメキシコ麻薬戦争の有り様は異常な状況という他ない。

今では軍にすら対抗しうる武装と人員を背景に誘拐事業にまで手をそめ、麻薬組織をこえて総合犯罪結社じみた状況になってきているがそもそも原因はなんで、どうしてそれを取り締まることが出来ないのか。そもそもメキシコから各所へ麻薬が流れていくのはそれが基本的に「禁止薬物」だからだ。禁酒法の時に明らかなように、規制されても需要があればそれは「闇」の部分で取引される。

メキシコからお隣さんのアメリカに麻薬の供給がスタートしたのも元はやはりこの禁止条例の制定によってだった。麻薬は金になる。もちろんメキシコでも合法なわけではないが、メキシコの警察の汚染はひどく、賄賂をもらうのが当たり前という状況だったようだ。法律をおかす分だけ値段と報酬は吊り上がり、お隣さんと比べて随分と貧乏なメキシコ市民たちは「困ったら麻薬の運び屋になる」「麻薬の栽培をする」という極々麻薬ビジネスと近しい存在として育つ。

麻薬組織は資金を得るごとに武装を欲するようになり、軍の特殊部隊にあたりをつけごそっと自陣に引き入れた。それからだろう、ただの紛争をこえてメキシコ麻薬戦争ともいうべき血で血をぬぐう状況が現れるのは。もはや一方的に「取り締まられる」存在ではなく、取り締まりにたいして武力でもって抵抗する組織になってしまったのだから。

2008年以降メキシコ麻薬戦争は急速に激化、2007年に月平均200件の麻薬がらみの殺人が2008年には月平均500人に、警官や警察署を対象とした襲撃事件が異常なほど増え、その攻撃は市民にまで及ぶようになった。こうした暴力の拡大の説明としては二つ考えられているという。政府が指示している「メキシコ政府が麻薬カルテルを追い詰めた(大量の麻薬を押収した)ことへの復讐である」というのがまずひとつ。

もうひとつの説はメキシコのジャーナリストや研究者、そしてギャング自身がいっていることで「カルテルと連邦警察部隊の癒着が深刻化した結果、ライバルカルテルがこれに抵抗して相手側を襲う」ことで暴力事件が多発しているのだという。ようはもう警察機構事態が麻薬戦争の一部とかしており、その戦争に「麻薬カルテルvs警察」という構図で巻き込まれているのではなく「麻薬カルテルwith連邦警察vs麻薬カルテル」という状況らしい。

こうした異常な状況にプラスして死者数まで考えると戦争としかいいようがない状況だが実際は暗殺とそこらじゅうで多発している小競り合い、それから相手を脅すための脅迫恐喝拷問がほとんどであって、巨大化した紛争という言い方のほうが正しいような気もする。集団vs集団ではないのだ。麻薬カルテル同士の紛争は利益が減ればさらに過激化するとみられ、利益が増えても組織は強大化するし、利益が減っても別のしのぎに手を出すか組織間の抗争が過激化するという地獄のような状況。

さて……どうしたらいいのだろうか。まずもろもろの原因である「麻薬」をわざわざ国境を超えて移動させる意味をなくしてしまう、というのはひとつの手だろう。町山智浩さんが語っていたように町山智浩が語る アメリカ マリファナ(大麻)解禁・合法化の現在 アメリカの州では既にいくつかが麻薬の合法化に踏み切っている。なぜ合法化するのかといえば、既に広まってしまっているものを合法化し、ちゃんと税をかけることで今まで闇にいっていた金を公のものとして取り込みましょうね、というところが大きい。

もちろんこれをしたところで既に重武装してしまっているメキシコ麻薬組織が今度は今までも進めていた誘拐ビジネス(2010年には毎日平均3・7件の誘拐があったという)やその他の一般市民により危害を加える方向に過激化していく可能性も当然考えられるわけだし、合法化の流れが加速していくかどうかも未知数なところがある。そもそもの根本原因の除去になりえる一手ではあるものの、恐ろしい。

組織の構成員を取り締まる、地道に麻薬を押収していくのも、当然重要だ。しかしメンバーはいくらでもおり、頭もすげ替えることのできる柔軟な組織構造になっている。そしてもちろんすべてを逮捕できるわけでもない。供給の人員はみなそれをするしかない、それをすることに旨味を感じるから麻薬組織の一員となるので、そもそもの失業率の改善や大学の授業料免除など地道な市民の経済状況の改善策も必要になってくるだろう。

そしてなんといっても真の警察官を育成すること。金をもらってギャングをいくらでも牢屋から出し犯罪を見逃し、それどころか自分が輸送に関わっているような状況じゃ何をしようが無駄だ。とはいってもそれは教育でなんとかなるものなのか? とてもそうは思えない。給料が年150万のところに一回見逃したら200万くれたらどんな正義教育がそれを止める?

結局のところお給料の底上げを図るしか無いんじゃなかろうか。それからもちろん普通の生活レベルの底上げ。犯罪に手を出すというリスクを犯さずとも平穏に過ごしていくだけの雇用と環境がメキシコにはまだ欠けている。だがその道のりはとんでもなく長そうだ。

メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱

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