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音楽産業vs音楽海賊団──『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』

誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)

誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)

現代において、タダで音楽を手に入れるのはそう難しいことではない。Youtubeで聞けるから──というのもあるけれども、多少ネットの知識があれば、海賊版をどうダウンロードすればいいのかは、すぐにわかってしまう(やるかどうかは当然別だ)。

1979年生まれの著者はそんな「海賊版の世代」であり、冒頭から大量の音楽をダウンロードしてきたと告白してみせる。ところがある日、『この音楽ってみんなどこから来てるんだ?』と根本的な疑問を持つに至る。最初こそ、音楽は世界中に散らばった人たちがそれぞれアップロードしているのだと想像していたが──実際に調べていくと、大半は少数の組織されたグループが発信していたことなどがわかってきた。

犯罪データ分析を使えば、だいたいmp3の発信源を突き止めることもできた。既存の調査報道の手法も取り入れることで、僕はさらにその範囲を絞ることができた。海賊ファイルの発信源を突き止めただけでなく、多くの場合はその日時や特定の個人を突き止めることもできた。

そうやって情報を洗い直した結果、著者は8年もの年月をかけて海賊音楽業界で最強の男としての評判を揺るぎないものにしていた音楽海賊への接触を試みる。『僕が入手したファイルの多くは、というかおそらくほとんどは、もともと彼から出たものだった。彼はインターネットの違法ファイルの「第一感染源」だったのに、彼の名前はほとんどだれにも知られていなかった。』果たしてその男はどんな人物なのか!?

mp3誕生/蔓延の歴史

という感じで、本書は書名通りに、音楽がタダになっていった状況を幾人もへの調査から辿り直していく一冊なわけだけれども、その原因は海賊音楽業界最強の男のような、「音楽を違法アップロードした人たち」だけに帰せられるものではない。たとえば、高度な音楽の圧縮技術がなければ音楽は今も物理的に流通していたはずである。というわけで本書はひとまず、「mp3誕生の歴史」からはじまるのだ。

人間の聴覚をモデル化し、CDから圧縮した音を、どんな風にダメなのかを指摘できる優れた聴覚を持つ被験者に聞かせ、その上で何千回ものランダム化された二重盲検法による比較試験を行う。最初は目標値であるCDの12分の1にまで圧縮率を上げると聞くに堪えない音にしかならないが、アルゴリズムは徐々に洗練され、パソコンの処理能力の向上のおかげもあって精度はますます上がっていく。

mp3の精度が向上すると、インターネットには音楽ファイルが溢れかえるようになる。とはいえ、それだけで音楽産業が壊滅したわけではない。初期の頃は、ネットで落としたmp3ファイルをCDに落としてもCDプレイヤーではファイルを再生できなかった。つまりランニング中に聞くことも車の中で聞くこともできず、恩恵は少なかった。状況を大きく変えていくのは、音質の良いmp3プレイヤーだ。

海賊団

そもそも当の「音楽」はどこから流出していたのか? というところで最初の話に戻ろう。海賊版のCDが店頭での発売日以降に蔓延しているのなら「買った誰かがネットに上げたんだな」と推測できる。だが実際のところ、CDの多くが発売日の1週間2週間前には上がっており、それには最初に述べたように少数の組織されたグループ(メンバーの大半はパソコンに慣れ親しんだ若者だった)が関わっていたのだ。

無数の組織が一瞬でも早くネットに上げることで、「名誉」を得、「優越感」を味わおうとする様が描かれていくが、本書ではCD工場で働いていたグローバーを中心に物語を展開してみせる。最初はただのアルバイトだったグローバーだが、パソコンが好きで技術がわかり、知恵もまわった。当然CD工場としては発売前のCDを労働者にとられたら洒落にならないので厳重な対策を講じる。たくさんの警備員、ランダムに実行される金属探知機での調査、CD一枚一枚の記録をとる、などなど。

グローバーはそうした無数の検査をくぐり抜けて幾度もCDを持ち帰ってみせるわけだが、いったいどのようにしてそれを成し遂げたんだ? というあたりにはミステリ的なおもしろさがある。現実はどこか抜けているところがあるので、グローバーが鮮やかなトリックを用いるわけではないのだが、それもまた現実のおもしろさだろう。

音楽業界やCD工場がそうした事態を黙ってみていたわけではない。工場からの流出が多いと疑われた場合は警備を強化し、ジョブズは合法的な有料ダウンロードサービスによって違法ファイルの蔓延を減らそうとした。警察も調査を厳しくし、時には一斉捜査によって100人を超える検挙者を出すことにも成功する。それをみた音楽海賊らは、慌ててトップ会議を開きリークの基準や捜査対策を徹底的に議論していく。

海賊らも一枚岩ではなく、相手グループに手柄をさらわれないようにギリギリの戦い(リークが3週間前だとグローバーが捕まってしまうが、1週間前だとライバルに手柄をさらわれるから、2週間前が狙い目だ! とか)を行っており、現実の話ではあるのだがほとんどサスペンス映画を見ているかのようだ(実際、映画化するらしい)。

おわりに

レコードからCDへ、CDからmp3へ、mp3から海賊版の時代へうつり、音楽は現状ライブの重視やストリーミング配信の開始などを通して「mp3からの脱却」をはかっている。本書は海賊団の物語やmp3誕生譚としておもしろいのはもちろん、こうした音楽が20〜30年間で急速に変化してきたその在り様を見事にとらえてみせた。3章まで無料のキンドル版などもあるので、興味がある人は試しにどうぞ(なんかうまくリンクが貼れなかったので各自Amazonサイトから飛んでください)。