基本読書

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漫画編集者 by 木村俊介

つい最近戦後のミステリ史を追うことを目的に行われた名編集者へのインタビュー集が刊行されてそっちについても書いたばかりだが、今度は漫画編集者へのインタビュー集だ。僕はそもそも編集者が書いた本や、編集者が受けているインタビューが好きだ。

漫画編集者

漫画編集者

  • 作者: 木村俊介,江上英樹,松本大洋,猪飼幹太,ふみふみこ,三浦敏宏,平本アキラ,山内菜緒子,ゆうきまさみ,熊剛,枢やな,豊田夢太郎,オノ・ナツメ
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2015/05/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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それはやっぱり「表にはあんまり出てこない部分」だからオモシロイのだろうと思う。本書も含めて我々読者は、最終的にパッケージとして提出されたものを完成品として受け取る。そうした本には大抵謝辞として編集者の名前が挙げられていたり、あるいは雑誌ならば最後に名前がクレジットされていたりするだけで、そこでどのような関与があったのかは最終的な形だけではよくわからない。

実際には最終成果物に至る手前の作業──作家・漫画家の選定から発注、改稿作業のプロセスとあらゆる場面で編集者の思想と技術と人脈と戦略が発揮されているはずだ。普段は見えることのない、そうした過程を知るのは実に興味深い。どうやって、何を考えながらやっているんだろう。それはテクニックとして磨けるものなんだろうか、と。

という前置きから推測されるように本書『漫画編集者』はかねてより『善き書店員』など、職業意識を持って日々仕事にあたっている市井の人達にインタビューを重ねてきた木村俊介さんによる漫画編集者へのインタビュー集だ。著者の言葉を借りれば『有名か無名かは問わない、でもなんというか町の「シャバっ気」みたいなものを感じさせる「良くも悪くも市井の肉声だよな」と感じられるような職業人たちの言葉に惹かれ、記録をしてきた。』という中に、普段はあまり陽の目の当たらない漫画編集者が加わった形になる。

取り上げられている編集者の方は五人だけなので全員挙げてしまうと、月刊コミックリュウの猪飼幹太さん。ヤングマガジン、ヤングマガジン サードの三浦敏宏さん。週刊ビッグコミックスピリッツ、月刊!スピリッツの山内奈緒子さん。月刊Gファンタジーの熊剛さん。IKKIの江上英樹さんの総勢五人。一人一人生い立ちから、どのような経緯で漫画編集者になるに至ったのかをじっくりと聞きこんでいく。こういってしまってはなんだが、三大少年漫画誌などいわゆるメジャーどころからは随分距離をとった人選ではある。面白いのが、それぞれ担当されている作家の簡単な漫画が掲載されていることで、松本太洋さんなど「おお、よくとってきたな」というところからもよせられている。

どのようにして編集になるのか

ぱらぱらとめくっていくと、一人一人志望動機も業界に入って編集になる経緯もまったく異なっているのが面白い。たとえば猪飼幹太さんはもともと雑誌に感想の投稿などを繰り返しており、それがきっかけとなって編集への道が開けている裏道就職派。雑誌「ぱふ」の読者が編集部に電話をして予約をすると見学がてら仕事を手伝わされる「お手伝いさん制度」というなんとも牧歌的な制度に応募して、投稿も知られていたこともあって手伝いを続けているうちに編集として採用されたのだという。今はもうその制度はないそうだが、編集になる道も多様だなあ。

ちなみにこの猪飼幹太さん、その後少年画報社へうつりデビュー前だった石黒正数さんの連載立ち上げに協力しており、その時のエピソードが個人的に(『それでも町は廻っている』が好きだから)ぐっときた。また漫画家と作家がどのようにして最終的なパッケージである作品をつくりあげていくのかの一例にもなっているので引用してみよう。

 連載を通すために、仮に、女の子の魅力でアピールするとする。それなら、萌え要素を強化するべきと思って、「メイド喫茶とかやってくれないですか」と話してみたいんです。そうしたら、そこが石黒正数さんの天才たるゆえんですよね、「商店街のメイド喫茶」という、自分の作品世界を壊さずに、しかも編集のリクエストにも応えるという、絶妙な設定を考えてきてくれたんです。「素晴らしい!」と思いました。

メイド喫茶とかやってくれないですかって、随分アバウトなオーダーだ。今はTwitterなどで漫画家も作家も何でも発信しているのだから、そんな漠然と言われたって困っちゃうよな、という漫画家の声が聞こえてきてもおかしくはない。それでも器用な場合にはきちんと対応することもできるわけで(これはたまたまうまくいったパターンなのだろうが)、組み合わせの妙みたいなものを感じもするエピソード。

仕事のやり方

たいていの仕事にはマニュアルがあって、突発的な人の入れ替わりがあったとしてもある程度はマニュアルによって吸収できるようになっているものだ。編集者にもそうしたマニュアルがないわけではないのだろうが、仕事のやり方、漫画家への向き合い方も人によって随分違うことがインタビューから立ち上がってくる。続けての引用になってしまうが猪飼幹太さんの編集道は『おもしろいか、おもしろくないか。それに関しては一生懸命いいますし、ちゃんと見るからねっていつも思っています。』となるし逆に本書に載っているわけではないが樹林伸さんのように元々は漫画編集者でありながら殆ど原作のようなストーリーへの関わり方をみせている編集者だっている。

現在松本大洋さんの『Sunny』の担当編集をしている江上英樹さんは『漫画編集者のやることは……おもしろい漫画を作るために、作家がやること以外すべて』と語る。さらには作家と編集はこの作品は面白いのか、本当のところどうなのかという話になるから、結局は人生についてのやりとりにまでいってしまうという。さすがにそこまで踏み込む編集者もなかなかいないのではないかと思うが、江上英樹さんが編集の仕事でいちばん苦しいのは、打ち合わせに時間がかかることというように、どこまで漫画家に関わるのか──それもまた編集者によって変わってくる部分なのだろう。

仕事のやり方が多くの場合人それぞれというのは、逆にいえばどれだけ深くコミットするかも編集者次第ということになる。本書でインタビューを受けている編集者の方々はみなそれぞれの理念と方針を持って深く漫画家にコミットしていく情熱のある職業人にみえる。殆どの場合フリーランスとして自分のスキル一本で土日もなく生きるか死ぬかの戦いを続けている漫画家という職業に対抗しなければならないのだから、単に雇われ人で与えられた仕事をやっていればいいし、土日はもちろん休みまっせという態度では均衡がとれないのかもしれない。

もちろん編集者も同じく全力でコミットしていくべきだとする考えもあるだろうし、一定の距離をとって商品として成立させる為に徹するべきだとする考えもあるだろう。編集者も全員フリーにすべきだとする方針もあるし、全くその逆もありえる。クリエイターだって、別に土日休んでいちゃいけない理由なんてまったくないわけだし、自由度の高さは面白さであると同時にツライところでもあるのだろう、と話の端々から立ち上がってくるのもまた面白さのひとつである。

おわりに

年々の出版不況が叫ばれる中、「この先どうなるのか」という話も多い。だが、今なお一線で戦っている編集者らだからこそかもしれないが、悲観的な語りよりも、まだ自分たちの経験を活かせるようなものが何かあるだろうとする前向きさがある。仮に大きな組織が減少していっても、漫画を描く人はいなくならないし、射程を広く取ればコンテンツをつくる人も必ず残るだろう。その時に作家・漫画家がやること以外のすべてを引き受ける編集者的な役割も、必ず存在しているはずだ。

今後確実に起こる流れとしては、「マス」の崩壊が続いて細分化が進む中、少数の、しかしコアで採算がとれる客を見込んだ作家と編集、宣伝担当などを含んだ多くても10人ほどのユニットが独立してあちこち立ち上がってくるようなことが考えられる。もちろんそれを後押しするKindle出版、連載などもあるわけだけど、僕個人の実感としては「編集者」的なポジションがあるとその少数ユニットも安定するんじゃないかなあとは思う。一人で描くのも書くのも、けっこう大変じゃよ。

今後の漫画業界へ希望が見える──、というわけでもないが、ここには確かに漫画編集者の一端が切り取られている。