- 作者: モーリス・ルブラン,平岡敦
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/08/21
- メディア: 文庫
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こうして改めて本家シャーロック・ホームズシリーズにも触れた上で読んでみると……モーリス・ルブランの書くホームズとワトソンは本家とはずいぶん異なっている。やけにいらいらとしており、ワトソンへの扱いがぞんざいで「おいおい」と思うような辛辣な台詞を平気で投げつける。その上、ルパンシリーズに連なる一冊だから当然かもしれないが、ルパンvsホームズの過程で、シャーロック・ホームズの格が落ちるような残念な描写になっている(雑なフォローはあるものの)。
個人的に微妙なのは、そもそもこの「存在が市民に認知されまくっている怪盗」というコンセプトそのものがどうにも受け入れがたい事だ。シリーズ全否定かよというところだけど、そう、ルパンシリーズがそもそも好きではない。単純に目的があって盗みをしているのであれば対決を避けるのが最善なのに「根っからの闘士だから」とかいう理由でメラメラと対決に燃えているので「盗みとかどうでもよくて闘いたいだけなのかな?」と解釈すると、ポリシーある怪盗としての面白みも失われる(それが悪いわけではないのだけど)。
「ホームズかい? はっきり言って、こいつは難物だ。だからこそ、こんなに高揚しているんじゃないか。見てのとおり、だからこそぼくはこんなに上機嫌なのさ。なんといっても、自尊心がくすぐられる。ぼくを打ち負かすには、かのイギリス人名探偵に頼るしかないとみんな思っているのだからね。それにシャーロック・ホームズと一騎打ちだなんて、ぼくみたいな根っからの闘士にはどんなに嬉しい事か。ともかくぼくは、全力をつくさねばならないだろう。あの男のことは、よく知っている。一歩も引きはしないさ」
そうはいっても、世紀の怪盗と稀代の名探偵が対決するとなれば、それはもう基本的には面白いに決まっているので、あとは「いかにして盛り上げるのか」「いかにしてお互いの格を落とさない、あるいはどちらかが負けるにしても納得感を持ってそれを描ききるのか」あたりに問題は集約される。「すごい二人」が戦うのであるから、そこにはすごいやりとりを期待するのが読者としては当然であろうし、どちらもファンの多いシリーズであるから、どちらかが一方的にノックアウトされるような展開はやはり、許容しかねるだろう。
後者にかんしていえば、先ほど書いたように、処理があまりうまくない。一方で前者は、結構うまい。冒頭、もはやルパンに対向する手段が警察側にはない……ここはもうあのシャーロック・ホームズに手紙を出すしか! というところは非常に盛り上がるし、ルパン側も、引用してみせたようにシャーロック・ホームズの脅威を理解し、やってやるぜとテンションをあげていく(そういう意味では、あの描写も正しいのだ)。
実際にやってきたシャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパンが初邂逅するシーンは実に緊張感があり、お互いの格を落とさずにやりとりを交わしてみせる(期せずしてホームズと遭遇してしまったルパンが、逃げずにホームズと接触し、ホームズもそれに一切動じずに応答してみせる)。その後、ホームズの格がボロボロ落ちていくのが残念ではあるが、それも本家シャーロック・ホームズへの思い入れがあるかどうか、キャラクター描写の差異を重要視するか否かで評価も変わってくるだろう。