- 作者: ケヴィン・ケリー,服部桂
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2016/07/23
- メディア: 単行本
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そんな時代から考えると、起きたらとりまパソコンを立ち上げ、家から出てもシームレスにiPhoneでネットに繋がり続けている現代はまるで別世界に来てしまったような気がする。たぶんこの後の30年でも同じように振り返ってみると、「まるで別世界に来てしまったように感じる」変化は起こり続けるのだろう。本書は12の法則にしたがって、そうした未来に起こる変化を予測/想定してみようという一冊である。
ここで描かれているのは「大きな潮流」なのであって、細部に言及してみればいくらでも反論や、「そうはならないんじゃないの?」というところは存在する。とはいえ未来は不確定なものであって、未来予測は工作における設計図とは違うのだからそうした議論は起こらなければおかしいものだ。ある種の叩き台としてというか、これを元にいろいろとツッコミを入れたりするのも本書の価値であろう。
12の法則
12の法則は進行形の動詞でふわっと表現されていく。ざっと紹介すると
- Becoming:終わりなくアップデートが続き、変化が終わらなく〈なっていく〉
- Cognifying:音楽、洗濯、マーケティングに看護といったあらゆる分野に人間が考えもつかないことを扱うAIや、AI搭載型のロボットが登場し、広く遍在するためにそれが存在していることを意識すらしないままに変革を起こす。
- Flowing:ストリーミングのように音楽や本、映画といったあらゆるものが今よりもさらに流動性が高くなり、常時アクセスできるようになる。
- Screening:あらゆる場所にスクリーンが存在するようになる。
- Accessing:これまで「所有」していたものは「アクセス権の所持」に変わっていく(たとえばKindleの本のように。)
- Sharing:今よりもさらに情報から物質まであらゆるものをシェアしわけ与えるようになる。
- Filtering:これから先もさらに増えていく情報を選別し、フィルターをかける仕組みが発展していく。
- Remixing:映像、文章などあらゆるものが切り貼りされ、流動的に新たなものが生み出されていく。
- Interacting:VRやARなどでよりインタラクティブな体験が増えていく。
- Tracking:人体も人生もより追跡される/ログの取得を自ら望むようになる。
と上記全てを相互干渉/相互補完的に未来を描いていく(11.Questioningと12.Beginningはこじつけめいているなと思ったので割愛)。
フィルタの仕組みには人工知能がかかせないし、〈なっていく〉法則は全分野に関係しているしと、そのすべてが同時に進歩していくのが未来の予測を難しくしている。とはいえ、ざっと読んでみてもらえればわかると思うが、述べられていることの多くは「すでに起こっていること」でもある。「クラウドへのアクセス権だけ売ってもらって楽しんだ方がいいよね」とはKindleや音楽のストリーミングサービスでお馴染みだし、アップデートが止まらず変化し続けているのはご存知のとおりだろう。
具体的な変化を想像する
じゃあこの本はそうした「現在」から想像できることを羅列しているのかといえばそうではない。おもしろいのはまだまだ「変化の途上」だということで、無数に想像のしがいがあるのだ。たとえばトラッキングは今後の変化としては、自分の体の記録、何を喋ってどんな血圧/体調かを遺伝子まで含めて記録し、個人向けのオーダーメイド医療を構築できる未来が想像できる。ライフログの方に目を向ければ、喋った内容や観たことを記録することで人生のすべてが記録できるようになるだろう。
ロボットやAIについては、最近もIBMのAIワトソンが正しい診断を下したと話題になっていたが、これから先人間がやりたくともできないことをやるようになるだろう。X線体軸断層撮影でスキャンされた画像すべての1ミリ角領域を詳細に調べ、がん細胞の有無を調べるなんてことは人間にはとうていできないが、AIならばできるのだ。
今後発明される最も重要なマシンは、人間の方が上手にできる仕事ではなく、人間がまるでできないことをこなすためのものだろう。最も重要な思考マシンは、人間の方がより速くより良く考えられるようなことを扱うのではなく、人間が考えもつかないことを扱うものだろう。
未解決の問題をAIが解き始めたときには、その結果を受け入れる新たな枠組み、検証方法、あるいは諦念が必要になるだろう。現にいま、数学の証明の中にはあまりに複雑なためコンピュータを用いなくては各種手順を厳密にチェックできないものがあるが、数学者の全員がその結果を証明として受け入れているわけではない。
組み込み型のAIは、科学の方法論も変えるだろう。真に知的な機器が計測のスピードもやり方も変えるだろう。真に巨大なリアルタイムのデータセットがモデルづくりのスピードもやり方も変えるだろう。真にスマートな記録が、何かを理解したとわれわれが容認するスピードもやり方も変えるだろう。科学的手法は理解のための方法論だが、それは人間がいかにして理解するかを基準にして築かれてきた。われわれがこの手法に新しい種類の知能を加えたとたんに、科学の理解や進歩は新しい知能を基準としなければならなくなる。その時点で、すべてが変わっていく。
ひとつの変化はその分野のみを変えるだけではなく、科学の方法論から検証方法まであらゆる分野を変えるのだろう。それだけにその変化の予測は難しく、楽しいものだともいえる。
議論/想像の叩き台として
というわけで本書は読んで頭から信じこむのではなく、「こうなんじゃないか」とか「実際はもっとこうなるんじゃないか」とか、その裏で起こりえるリスクなどを想像しながら読むことで価値が高まるタイプの本であると思う。本書で、ツッコミを入れたり自分なりの未来像を提示する読書会をしたらけっこう楽しそうですね。