基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人工知能学者とSF作家がタッグを組んで、AIの能力が向上し人間の仕事がなくなった未来の社会を想像する──『AI 2041 人工知能が変える20年後の未来』

この『AI 2041』は、人工知能学者の李開復(元Google中国の社長)が2041年における未来予測と解説を担当し、『荒潮』などの著作のあるSF作家陳楸帆が未来に生き生きとしたストーリー的肉付けを与え短篇に仕立て上げる形で合作されたノンフィクション✗SFな一冊である。「AIが当たり前のように生活を支配している」未来社会を、実感を持って描き出すために物語(短篇)をつかっていく構成になる。

一般的にいって、そうした具体的な情報を伝えるための意図を持った物語(小説でも漫画でも)は教科書的になって物語としてのおもしろさは犠牲になることが多いのだが、本作の凄いところは一つひとつの短篇が陳楸帆の作品としておもしろく読めるところにある。本書の短篇部分だけを抜き出して短篇集としてまとめられていても、そう違和感は覚えないはずだ。幸福についてや仕事について、自動運転やベーシックインカムについてなどテーマごとに10の短篇が存在していて、それらすべての出来が物語的によくできているわけではないのだが、全体の水準としては十分な出来である。

陳楸帆は本書のイントロダクションで、李開復から最初に誘われた時に考えたことについて、下記のように語っている。陳楸帆自身Googleに勤務していた経験があり、二人は感覚的に似通っているところもあったのだろう。

 これには魔法的な偶然も感じた。わたしは数年前から自分の作家活動について、〝SF現実主義〟という考えを持ちはじめていた。SFはもちろん読者を厄介な現実から逃避させ、空想の世界でスーパーヒーローとして遊ばせる役割もある。しかし日常の現実から引き離すことで批判的思考をうながす貴重な機会でもある。SFを通じて未来を考えることで、逆に現実に踏みこみ、変えていくという積極的な役割を果たせるのではないか。
 未来を創造するにはまず未来を想像しなくてはならない。

素晴らしいのは、李開復によるAIに関する解説・未来予測部分もだ。原書の刊行は2021年のことで、最近ちまたを賑わしているテキスト生成AIのChatGPTのもとになっているGPT-3(or3.5)についての解説もしっかりと書かれている。そのため、小説部分はあんまり興味ないなーという人でも楽しめるはずだ。以下、ざっと紹介しよう。

構成と最初の短篇(花占い)について

AIにまつわる10のテーマ(恋愛、フェイクツール、AI教育と自然言語処理、パンデミック、VR、自動運転、兵器、仕事、幸福、豊穣)によって本書は構成されている。

最初に取り上げられるのは恋愛と深層学習を使った保険プログラムの物語で、短篇タイトルは「恋占い」だ。舞台はインドのムンバイ。2041年の世界では、保険はAIアルゴリズムと動的に連携した生活アプリ(投資や生活雑貨など)を家族に入れさせることで、保険料が動的に変動するようになっている。AIのいう安全で健康な生活をすれば保険料も下がる──というわけだ。払える金のない家族にとってこのアプリは有効だが、一方あらゆる行動がこの保険会社にいいなりになるリスクを孕んでいる。

家族がこのアプリを導入している、少女のナヤナはサヘジという少年に恋をしているが、彼女がサヘジに近づくとなぜか家族の保険料が少しずつ上っていく──。その理由にはカーストが(実質的に)存在するインドを舞台にした理由が絡まってくる。深層学習によって社会に根強く残っている潜在的なカースト差別とその帰結を予測して、それが保険料の算出に関わってしまうのだ。これはすでに現実化している問題でもあり、解説部分は深層学習の仕組みに加え、その短所についても触れられていく。

それが物語の中でどのように描き出され・乗り越えていくのかは読んでのお楽しみ。本書収録作全体に対する傾向として、41年の未来をディストピアとして描く短篇は一つもない。保険料のリアルタイム算定も、良い面はある(薬を定期的に飲むように促したり、健康になるように誘導するので)。悪い面も、もちろんある。それでも、未来は良い方に変えていける──という希望を多かれ少なかれ描き出してくれる。

AIと教育

続いて紹介したいのはAIと教育をテーマにした「金雀と銀雀」。舞台は韓国で、主人公は双子の孤児だ。この時代、子供たちは人生の随伴者となるAIの友人を所持している。いま、質問にだいたいなんでも答えてくれるChatGPTが大盛りあがりだが、そんな感じで語りかけたら様々な応答を返して、子供たちの手助けをしてくれるのだ。

たとえば、宿題を終えたらその採点をし、どこが知識として足りないのかを指摘して新たに宿題を出して勉強するように教えてくれる。もちろん、選択に悩んだときや悩みをいえばいつでも応答してくれる。双子は一卵性双生児ながらも正反対の人間で、成長していくに連れて諍いが増え、決定的な破局に至る。だが、人生は長く、二人には良き友人がいる。AIの友人は時に人生を画一的にしかねない危険性を持つが(たとえば、目標設定に柔軟性がなければ単に競争社会を乗り越えるための目標しか与えなくなるだろう)、その枠を取り払えば、AI自身を変化させ、子どもたちとともに成長させることもできるかもしれない──本作は、そうした希望をみせてくれる。

本作に対する解説部分では、「自然言語処理、自己教師あり学習、GPT-3、汎用人工知能(AGI)と意識、AI教育」と題してその概観が語られている。自己教師あり学習を用いたGPT-3は一体何が優れていて、何ができるのか。短所はどこなのか。いずれ、汎用人工知能になることができるのか──にすべて2041年時点での回答が行われている。『GPT-3はまだ多くの基本的誤りを犯すが、すでに知性の片鱗を見せている。そもそもバージョン3にすぎない。二〇年後のGPT-23は、人類が書いたものをすべて読み、制作した映像をすべて見て、独自の世界モデルを構築しているだろう。』

仕事はどうなっちゃうのか?

AIと関連して語られることの多い話題は「仕事」だ。AIが人間の仕事を奪っていったら、どうなってしまうのか。仕事をしなくても生きていけるならそれでもいいという人が多そうだが、本当にそんな状況になるのか、なったとして、本当に良いのか?

短篇「大転職時代」の世界では単純作業のほとんどはAIにとって変わられている。米国ではベーシックインカムが(2024年に)導入されるが、仕事がなくなった労働者たちは暇を持て余してオンライン賭博、ドラッグ、アルコール漬けになり、BIは2032年に廃止。かといって仕事があるわけでもなく、失業した人間に新たな業務スキルをつけさせたうえで再就職させる転職斡旋業が花開いている──という状態にある。

テーマになるのは、やることがなくなった人々にどのように尊厳を、人生へのやりがいを復活させるのかだ。仕事がない社会では人は無力感に苛まれ、意欲を失ってしまう。どうすれば仕事のなくなった社会で人々に意欲を、尊厳を持たせることができるのか? 現実的には意味を持たない何らかの作業を社会に提供する? しかしそんなもので尊厳ややる気が出るものか? であれば──と作中で議論が進展していく。

おわりに

ほんの5年ぐらい前まで、AIが発展しても人間は新たな、人間にしかできない仕事に移っていくという意見をよくみた記憶があるが、この1〜2年の進展をみたら、もう同じ意見は持てないだろう。仕事は、この先の10年、20年で必ずなくなり、われわれの生活はAIの助言や指示に部分的に従う形に近づいていく。本書は、物語の形でその未来、その実態を、「追体験」させてくれる。短篇は普段小説やSFを読み慣れない人でも非常にわかりやすく書かれており、ノンフィクション読者にもおすすめしたい。