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この十年間のSFをめぐる状況──『現代SF観光局』

現代SF観光局

現代SF観光局

表紙にババーン! と「THE INSTRU-MENTALITY OF SCIENCE FICTION」とあって、それがあまりにも格好いいために「いったい何が始まるんです?」という感じだが、なんということもない、本書はSFマガジンに連載されている「大森望のSF観光局」と「大森望の新SF観光局」約10年分を書籍化した、SFエッセイである。

SFファンなら誰もが知る連載の書籍化であるわけだし、僕なんかがあらためて紹介する必要はないよなとも思ったのだが、やはり一気に読むとおもしろかったので書いてしまう。それでは、まずは内容を端的に要約している序文から借用してみよう。

 本書は、二〇〇六年十一月から二〇一六年八月までの約十年間、こうしたSF界の変化を観察・分析した記録である。激動の十年間のSF的な出来事はだいたい網羅されているので、本書を一読すれば、いまのSFがどうなっているか、おおよそのところはわかっていただけると思う。

という文章に続けて、『──というのはべつだんウソじゃありませんが、こうして一冊にまとめてみると結果的にそう読めなくもないよね、という話で、もともとそれを目的に書いてきた原稿ではない。実際の身はいわゆるひとつの……なんだろう? SF四方山話? まあ、要するにSFネタのエッセイ集ですね。』と自嘲的に語ってみせるが、この辺のバランスの取り方もまったくもって大森望さんらしい。

「伊藤計劃『虐殺器官』の衝撃」と題された記事から始まって、京フェスの話をしながら翻訳ファンジンの歴史語りをする回あれば、日本SFの英訳事情を語る回あり、ワールドコンなどのイベント体験記もありと盛りだくさんである。けっこうな割合で追悼記事が入るが、業績の整理を行いつつも毎回きっちりとした作家論になっており、さらには大森さん個人の思い出や視点が色濃く反映されているのもまた楽しい。

僕はSFサークルに所属していたわけではないし、イベントにも出向かないので昔から今に至るまで基本一人っきりでSFを読んでいるSFファンである。そうした、いわば「SF交友関係」の外にいる人間からすると、大森さんの各種エッセイは「へえ、京フェス/SFセミナー/ファン交流会っていうのはこういうところなのか」とか「この人はこういう人なんだ!」がわかる絶好の窓口なのであった。

非常に交友関係の広く、イベントでも登壇者となることの多い大森さんだから、あの作家やあの翻訳者、あの編集者などなどの業界人とのとっておきの(かどうかはともかくとして)個人的なエピソードが読めるのもならではだ。勝手にテッド・チャンを囲む会で実施された、テッド・チャンへのインタビューはいつまでも手元においておきたいし、学生時代から続く人間関係などの非常に狭い部分の情報もおもしろい。

しかし、こうやって10年分の出来事をざっと見渡してみるとSFをめぐる状況は日に日におもしろくなっているな、と実感する。もちろん幾人もの作家や翻訳者が亡くなり、SFマガジンが隔月刊化したりと後退と捉えられるトピックも多いが、創元SF短篇賞がはじまり、SFコンテストも復活して順調に新しい才能を供給しているし、SF専門の出版社以外からもおもしろく/新しいSFが出続けている。英訳が進み、海外で賞をとる作品も出てきて、映像化もいくつも進行している。

本書は、最初から意図していたというよりかは結果的にそうなった側面が強いとはいえ、この10年のそうした変化を丹念に切り取った貴重な一冊だ。

おわりに

SFの専門誌に連載されていたエッセイであるけれども、SFをたくさん読んでいないとわからないなんてことはまったくない。わかりやすく順序立ててSF業界内のトピックやプレイヤーが紹介されていくので、誰であっても「いまのSFがどうなっているのか、どのような経路でいまの状況があるのか」がよくわかるはずである。