- 作者: 冲方丁,寺田克也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/09/21
- メディア: 文庫
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huyukiitoichi.hatenadiary.jp
下記では、2巻の内容を中心としながらアノニマスのおもしろさをざっと紹介していく。おもしろさを損なうようなネタバレはしていないつもりだけれども、内容には触れているので注意。同時発売となった『マルドゥック・ストーリーズ 公式二次創作集』(二次創作とはいえこれがなかなかおもしろいのだ)にも最後に触れております。
ハンター、めちゃくちゃかっこいい
2巻はまるっと、アノニマスの敵役となるハンターの物語だ。ウフコックは万能道具として都市に散らばり、中でもハンター一派にバレないように付き従ってその罪、その能力をリストする。スクランブルの敵役ボイルドも、前日譚として3巻のシリーズになるほどに(『マルドゥック・ヴェロシティ』)魅力的だったけれどもこのハンターも、ボイルドとはまた別側面の、敵役としての魅力を炸裂させてみせる。読み終えたときには「ハンター!! がんばれーー!!」ぐらいの勢いで応援しているからね。
アノニマスは、著者が1巻のあとがきで『一匹のネズミがその生をまっとうし、価値ある死を獲得する物語である』と明言するように、ウフコックの物語である。
だからこそ、その敵役となるハンターの能力はウフコックの鏡写しのようだ。針がもたらす共感能力を通して、精神を引き裂き、損なってみせる。『やり方に違いはあれど、心を読み取るという点ではウフコックがいつも保護承認に対してしていることと同じだった。共感することで相手を安心させるのがウフコックの役目でもあった。そしてハンターはその能力を用いて、まったく正反対のことをしようとしていた。』
そして、ウフコックが都市中に「道具」、「匿名」として蔓延し情報を収集するのと同様に、ハンター自身もまた都市中に自身の針をばらまき、情報を集め、自身の「思想」を追求しようとする。『人を支配し、操作し、己の分身としたうえで群をなし、ウフコックにもまだ理解のつかない"均一化"という思想に邁進しようとしていた。』
《均一化だ。悪運に意志を匹敵させるということだ。人生への怒りも悲嘆も等しく均すということだ。都市にあふれる欲得の重みで傾いたりせず、どのような苦悩にも動じない者になることだ。貧富に心動かされず、善も悪も等しく扱い、幸運も悪運もないということを悟る。真実の公平を体現する。そういう人間こそ天国への階段にふさわしいと証明する》
ハンターの魅力というのは、こうした思想を、仲間たちとともに"成長"し、自らも大いに傷つきながら進めていくところにある。彼の、針を刺し"共感"や"操作"を行う能力は、個としては強くはなく、容易に負けうる。その上彼が思想実現に向け相対するのは、都市を牛耳るような巨大な権力、彼を能力者に変え殺し合いを強制してきた者たちで、いわば都市に巣食う闇へと大々的に喧嘩を売っているようなものだ。
彼の周囲には信頼できる仲間たちがいるが、その仲間たちを持ってしても、敵はあまりにも強大で、『今はまだ想像もつかないほどの高みへ。そのためには自由意志で己を律し、苦難を喜ぶようでなければいかん』とハンターがいうように、思想の実現は困難である。ハンターは作戦中に死ぬような怪我を負いながらも、都度仲間たちを鼓舞し、自身にとって重要な人物はあらゆる手段を用いて執拗に勧誘する。そんな彼の姿を見、さらには"共感"を引き起こす彼の能力によって、仲間たちには強い意思、憧れや期待、絆が生まれ、チームとして、"勢力"として、猛烈に成長していく。
これまでの《マルドゥック》シリーズとは違って、強靭な信頼関係で繋がった、圧倒的な"勢力"がウフコックの敵なのだ。スクランブルもヴェロシティも、基本的には「個」の物語であった。それに対して、アノニマスは明確に「群」としての物語を描こうとしている。明確に《マルドゥック》シリーズでありながらも、風景としてはまったくの別物で、相も変わらず、一作ごとに大きく変化する恐ろしい作家である。
『マルドゥック・ストーリーズ 公式二次創作集』
マルドゥック・ストーリーズ 公式二次創作集 (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-101) (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 冲方丁,早川書房編集部,寺田克也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/09/21
- メディア: 文庫
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これは一般公募企画の「冲方塾」の小説部門のうち、《マルドゥック》シリーズを題材にした作品を集めた公式二次創作集。公募企画なので書いているのはプロではなくアマチュアなんでしょ? と興味もわかない人が多いと思うが、長篇ほどの構成力は必要としないこともあってかなかなかの粒ぞろいな短篇集である。作家の吉上亮さんも書いているし冲方さんも1篇書いているのでそれを目当てにしてもいいだろう。
良くも悪くも冲方丁が書きそうもない作品を集めているのも楽しい。二次創作らしい、作品のあまり描かれない部分に光を当てた作品(クルツとそのパートナーである猟犬オセロットとの日常を描いた「doglike」)もあれば、オリジナルな能力者を中心に短篇にまとめあげたもの(戦闘ではなく、病院で活きる能力を描いた「The Happy Princess」)など、多様性がおもしろいのだ。
「explode/scape goat」はボイルドによる誤爆を目撃する男の話で、プロットの面白さはともかくぐいぐい読ませる高い描写力がある。吉上亮さんの「人類暦の預言者」は人間の過去現在未来を見通す能力者を出してきて、「二次創作とはいえよくこんな能力者をぶっこんでシリーズに絡めてまとめてみせたな」という勇気ある一作。
また、後半にはメタ/ネタ短篇が連続して収録されているのも楽しい。たとえば「マルドゥック・スラップスティック」はウフコックとバロットの中身が入れ替わって、バロットを演じようとするウフコックに対しバロットが『「無理よ! だって貴方と私じゃキャラがまったく違うじゃない! 私が主人公の美少女役でしょ! ネズミ役はいや!」』と叫ぶキャラ崩壊必死のコメディでこれはこれでかなりおもしろい。
冲方丁さんによる「オーガストの命日」はハイスクールに進学したバロットが課題として提出したレポートの体裁で、とある事件の話が進行する。アノニマスのバロットは今のところチョイ役なので、「学生バロット」に触れる機会が少ないだけに、その一端が知れる(ちゃんとレポートとか出してるんだなあ。優等生みたいだから当たり前だけど。)かなり嬉しい一作。これだけでもぜひ読んでもらいたいところだ。
ほとんどは一度SFマガジンにのった作品でもあるので、二次創作嫌いとかならともかく、短篇の質自体は心配しなくてもよい内容に仕上がっている。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
*1:というか加筆がありすぎて読んだ記憶がない描写やエピソードが無数にあるのではじめて読んだのと変わらんのだが。