基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

海賊本にハズレなし。海賊王と呼ばれた男を描く伝記『世界を変えた「海賊」の物語』から人類は本質的に善良だと大きな論を展開する『Humankind』までいろいろ紹介

まえがき

本の雑誌2021年10月号の原稿を転載します。本の雑誌では新刊めったくたガイドの連載が2年の任期で2021年12月号で終わったので、あとは11月号&12月分を残すのみ。先月は久しぶりに本の雑誌原稿を書かない月でしたが、少しさみしいですね。

その代わり今月は森博嗣の10冊として森博嗣の文庫化などの重複なしで200冊を超える著作の中から10冊を厳選して4000字以上かけて本の雑誌に原稿書きましたので、来月発売の2022年2月号に載るかと思います。かなり気合の入った原稿になっていますので、どんなチョイスにしたのかも含めて、そっちはそっちでお楽しみに。

本の雑誌2021年10月号

海賊を扱ったノンフィクションにハズレ無しという持論を勝手に唱えているが、その具体例に連なってくれたのが、スティーブン・ジョンソン『世界を変えた「海賊」の物語』だ。本書で取り上げられていく海賊は、海賊王と呼ばれたヘンリー・エヴリー。その海賊としての知名度はフランシス・ドレイクなど著名人と比べると一段落ちるが、史上稀にみる襲撃を成功させたことでその名を十七世紀末の世界に轟かせてみせた。

彼はもともとは一等航海士としてとある船に乗り込んでいたのだが、賃金が支払われなくなったことで反乱を起こし船と仲間を奪取しそのまま海賊へ。一年ほど各地で海賊行為を繰り返した後、メッカ巡礼に向かう人々の宝物船を襲う大計画にうってでる。エヴリーらはたった一五〇人程度で、相手の半数以下の戦力である。しかし、エヴリーらが襲撃のため向かった湾には、同じ目的の私掠船が続々と集まってきており、もとより一隻では勝ち目がないのだからと、同盟が結ばれることになる。

そこでエヴリーは駆け出しの海賊だったもののリーダーに抜擢され、高速ボートに毛が生えた程度の船のトップだった男が、一夜にして大艦隊のリーダーとなり、宝物船に果敢な突撃を仕掛けてみせるのだ。結局襲撃は成功するのだが、その大立ち回りの描写は読んでのお楽しみということで。まごうことなき悪党ではあるものの、物語の登場人物としか思えないようなストーリー性を持った人物である。

続けて紹介したいのは、ピケティに次ぐ欧州の知性と呼ばれるルトガー・ブレグマンによる『Humankind 希望の歴史』だ。本書は、「ほとんどの人は本質的に善良である」と過激な主張をし、たとえば、スタンフォード監獄実験やミルグラムの電気ショック実験、傍観者効果といった、人間の残虐性・他者への無関心さをあぶり出した様々な研究が、実はかなりの部分正しくなく、人は基本的に他人を傷つけたり攻撃したりすることはなく、助け合う生き物なのだ、と論を展開してみせる。

戦争では実はほとんどの兵士が相手に向かって銃を撃たないとか、ノルウェーの開放型刑務所では囚人は牢屋に閉じ込められるのではなく、外に出ることも、仕事をすることもでき、しかも再犯率は低く問題は起こっていないなど、本書で取り扱われていく人間の善良さに関する事例は幅広い。主張のすべてに納得できるわけではないが、殺人事件や事故などの陰に隠れて、普段は大々的に取り扱われることのない人間の善性に目を向けさせてくれる快作である。

近年、ロケットのための計算に明け暮れた女性たちを追う『ロケットガールの誕生』や、ディズニーの女性アニメータらを描いた『アニメーションの女王たち』など、歴史の中の女性に光を当てるノンフィクションが刊行されている。第二次世界大戦時、アメリカ軍に所属し日独の暗号解読で重要な役割を果たした女性たちについて綴られたライザ・マンディ『コード・ガールズ』もそうした流れに連なる一冊だ。近年、失われかけていた女性たちの歴史に光をあてる本が立て続けに出ているのは、今書き残さなければ、当時のことを語れる人物がいなくなってしまう危機感もあるのだろう。

一九四五年当時、アメリカの暗号解読者は約二万人いたというが、実はそのうち一万一千人、半数以上は女性だったのだ。男性は戦場に駆り出されているので、大学の中でも成績が上位一割に入る優秀な女性らが集められ、暗号解読に従事していた。彼女たちは日本のほとんどの暗号を解読し、物資の移動や重要人物の移動など、かなりの情報が筒抜けになっていたことが明かされる。世の中には女性は理数系に向いていないという風潮があるが、本書を読めばそうした偏見も覆るはずだ。

新型コロナウイルスに感染すると嗅覚に障害が起こることから、その発症体験談を通して、においが奪われることの苦しさが広まりつつある。A・S・バーウィッチ『においが心を動かす ヒトは嗅覚の動物である』は、そんなにおいが人間にどのように作用するのかを、脳・神経科学、哲学、心理学など様々な側面から追求した一冊だ。

たとえば、人には普通に鼻からにおいを嗅ぐルートの他に、物を食べた時喉の奥から立ち上ってくる風味分子を鼻で感じるルートも持っており、この二つは実は別の知覚を呼び起こすなど、嗅覚についての意外な知見がふんだんに盛り込まれている。においは勝手に鼻に入ってくるもので、視覚とは違って意識の背景に沈みこんでいる存在だ。だが、だからといってその重要性が減じるわけではない。本書は、我々の感覚、記憶に、どれほどにおいが刻み込まれているのかを教えてくれる。

最後に紹介したいのは、言語学とAIに関連した本をフィクション・ノンフィクション問わず刊行してきた川添愛による、言語学テーマのエッセイ『言語学バーリ・トゥード』。東京大学出版会の広報誌「UP」での連載をまとめたもので、ダチョウ倶楽部上島竜兵の得意技「絶対押すなよ!」が、実際には「押せ」という意味であることをAIが自動で判定できるように仕込めるか? ザキヤマやフジモンといった他の芸人がこのネタをパクっている場合、どう判断すべきか? のように、日常の細かな疑問を通して、言語学やAIの難問や考え方につなげていく。サクッと読めて笑ってためになる(こともある)エッセイ集なので、気軽に手にとってほしい。