基本読書

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現代ではありえない、数々の破滅的な冒険を繰り返した海賊たちの冒険録──『海賊たちは黄金を目指す: 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘』

この『海賊たちは黄金を目指す』は、1600年代の後半、スペインの海や街を荒らしまわり、破滅的な戦闘を幾度も乗り越えてきた伝説的な海賊たちの日誌をもとに、その冒険を描き出した一冊である。「海賊ノンフィクションに外れなし」と僕が勝手に思うぐらいには海賊について書かれたノンフィクションはおもしろいものが多い。

本書もその例に漏れないどころか、数多ある海賊ノンフィクションの中でも群を抜くおもしろさだ。原題「BORN TO BE HANGED」(絞首刑になるために生まれてきた)が示すように、自分の命を投げ売ってでも大金を手に入れ、敵を殺すぞ! という破滅的な気性。船や街を襲って大量の金を手に入れても、船内の賭博で金をすべてスってしまい、マイナス分を取り戻そうとしてまた別の街を襲いにいく暴力性。襲撃を成功させたら酒樽を抱えて酒盛りをし、自分たちの身を危険に晒すとしても酒と豚や牛を食うために突撃する──と、いかにも海賊らしい海賊の姿が描かれている。

そうした冒険の数々や考え方は我々現代人からするとあまりにかけ離れていて現実のできごととは思えないが(実際、日誌にそのままのことを書くわけでもないので誇張や嘘もある程度混じっているはずだが)、ノンフィクションとしては、”だからこそおもしろい”。海賊たちの出会いから別れまで、あまりに美しく破滅的で、まるで凄まじい冒険小説を読むかのように楽しませてもらった。

冒険の前提、海賊たちの最初の目標など

冒険の舞台となっているのは主に1680年代、当時カリブ海を根城にスペインの船舶や町を襲う、バッカニアと呼ばれる海賊が350人以上存在していた。そのほとんどはイングランド人で、スペインの港湾都市を襲う目的で1669年に団結した一団だ。

その襲撃の結果、バッカニアらは大量の銀を手に入れたが、それだけではなくスペイン商人が南太平洋に面した植民地の警備上の脆弱性を嘆く手紙も手に入れ、バッカニアたちは新たな遠征計画を立てることになる。そこ(パナマ)はスペイン人が中南米から搾り取った金銀宝石の宝庫で──と、いかにも海賊が狙いそうな場所だった。

そうはいっても自分たちだけで目的地へとたどり着けるほど環境は整備されていない。そこで案内役が必要になるわけだが、その任を務めるよう自分を海賊らに売り込んだアンドレアスは、自分の孫娘が囚われているサンタ・マリアを先に襲撃するようオススメし(そこにも大量の金があるとされた)──、「囚われのお姫様(と財宝)の奪還作戦」と、まるでアクションゲームのような目的に邁進することになる。

例年雨期のあいだに山から流れてきた砂金を、十二月から四月の乾期に、スペイン人の監督下で先住民がパンニングをし、一万八千ポンドから二万ポンドの金を集めるという。もし孫娘を救い出してくれるなら、そのすべてをバッカニアにやると、アンドレアスはいった。

それだけの金があれば、一人あたりで割ってもみんなは大規模な農場を購入することができる。しかし当然ことはそう簡単な話ではない。サンタ・マリアはスペインの要塞があり、400人の兵士が配備され、策もなく突っ込めばマスケット銃の銃弾を浴びせられるだけだ。しかも道中のジャングルは案内人がいるといっても過酷な環境である。それでも、海賊たちは投票で、その冒険を決断する。

主な登場人物

このサンタ・マリア遠征に参加している海賊には華々しい経歴を持つ人々がいた。たとえば、30歳でのちに船長になるバーソロミュー・シャープは海賊歴14年のベテラン。数々のスペイン人との戦いの経歴がある他にイングランドの刑務所を脱獄した伝説の男リチャード・ソーキンズは最初の船長で、また後に作家・博物学者として有名になるウィリアム・ダンピアも乗り合わせていた。本書の中でとりわけ中心に描かれていくのは、フランス語やラテン語のみならず道中でスペイン語にも堪能になっていくバジル・リングローズで、彼も後にこの旅の記録を綴った航海記が有名となる。

戦闘に次ぐ戦闘、小説家としての筆の冴え

本書の特筆すべき点はいくつもあるが、ひとつは戦闘シーンの描写のおもしろさにある。著者のキース・トムスンはセミプロの野球選手や映画監督・脚本家など多くの仕事をこなしてきた人物で、ノンフィクションのみならず小説家としての著作も多い。

たとえば海賊一行がサンタ・マリアの要塞にたどり着き、少数の決死隊が要塞へと向かって駆け抜けていくのだが、その時の描写には小説家の筆の冴えを感じるものだ。船長のソーキンズが敵の銃撃の精度やマスケット銃の射撃間隔の長さからスペイン人たちが訓練を欠いていることを見抜き果敢に突撃し、時に体に矢を受けながらも、後続のために突破口をひらく。そしてその後は短剣カトラスを用いた白兵戦だ。

 接戦の距離はまたたくまに狭まって白兵戦となり、剣が引き抜かれた。バッカニアは剣術にも優れており、独特な形状を持つ短剣カトラスが、海賊生活にはすこぶる使い勝手がいい。船上では、その重みと厚みのある短い刃で、キャンパス地やロープを易々と切り裂けるうえに、いざ戦いとなれば、敵の身はもちろん、軽量な剣の刀身も、それでぶった切ってしまえるのだ。残りの部隊が到着する前に、決死隊はすでに二十六名の敵を殺し、十四名を負傷させ、スペイン軍を降伏へと駆り立てた。

こうしてサンタ・マリアを攻略し囚われのプリンセスも発見し保護できたのだが、当然それでめでたしめでたしと終わらずに彼らは次なる目的地、パナマへと向かう。しかしそこは1500人の守備隊が守り、しかも今ではサンタ・マリアからの警報も届いているはずで──と、ここから冒険・戦闘はより激しさを増していくことになる。中には、『海戦史上、最も不可能に思われた勝利』とさえ言われる戦いもあるのだ。

船の上の日常

そうした戦闘だけで日々が構成されているわけではなく、大半は何でもない船上やジャングルでの日々の記述だ。日常の文章も美しいんだ。

 幸いなことに、船内で高まる緊張と倦怠に解毒剤として働くものがあった。帆を動かすのは風、海賊を駆り立てるのは音楽。軽快なジグの音楽や船頭歌でもきこえてくれば、リングローズはハンモックからはね起きて、甲板へ急ぎ駆けつけただろう。フィドル奏者、太鼓叩き、ラッパ吹きは、海では珍重される。海賊につかまった船乗りは、おもちゃの笛でもいいから、なにか音楽を演奏できたほうが命が助かりやすい。

船上では当然、酒を飲むのも良い暇つぶしになる。混雑した船倉で飲酒をすれば喧嘩が起こるので、暗くなって酒が飲みたくなったら甲板へ出るべしとルールができて、日が落ちると同時に甲板はナイトクラブへと早変わりするなど、海賊たちの連帯と愉快な日常(時に食料や水不足による苦境)が本書ではじっくり綴られているのだ。

おわりに

バッカニアの一行らは戦闘に次ぐ戦闘でその数を徐々に減らしていくのだが、最後に残ったものたちはイングランドへと帰り、「旅の終わり、そして──」とでもいうべき胸熱のラストを迎えることになる。もうすぐNetflixで『ONE PEACE』のドラマも公開するが、この暑い夏を文字の海の上で過ごすのも悪くないだろう。たいへんおすすめな一冊だ。

あとバッカニアの一人だったウィリアム・ダンピアの冒険を漫画で描いている『ダンピアのおいしい冒険』もおもしろいのでこっちも良いよ。
matogrosso.jp