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幽霊を見るとき実際には何を見ているのか──『幽霊とは何か──500年の歴史から探るその正体』

幽霊とは何か──500年の歴史から探るその正体

幽霊とは何か──500年の歴史から探るその正体

書名だけだとどういう本なのか掴みきれず、おそるおそる読み始めたのだが、第一章の最後を『これは、幽霊が存在するかどうかについての本ではない。わたしたちが幽霊を見るとき実際には何を見ているのか、どんな物語を伝えあってきたのかについての本だ。』と締めており「これなら安心して読めるな」と読み進めた次第である。

本書は副題にもある通り、おおよそ500年の歴史の中「イギリスで」、どのように幽霊があらわれ、人々がそれを体験してきたのかが語られるイギリスの幽霊史といった感じの本である。とはいえ幽霊はいつの時代にもいる。古代ギリシャの幽霊はぼんやりとした影のようなもので生者に影響を及ぼす力はなかったし、王政復古後の幽霊は、不正を正したり、悪を罰したり、貴重品の情報を与えるために現れたという。

摂政時代の幽霊は、ゴシック風だった。ヴィクトリア朝時代には、幽霊は降霊会で質問され、幽霊を見るのは女性とされることがずっと増えた。ヴィクトリア朝時代後期には、超常現象が受け入れられ、幽霊はまだ理解されていない自然の法則の現れと見なされた。ポルターガイストが知られるようになったのは、一九三〇年代だ。

こんな感じで幽霊の姿は時代ごとに大きく異なり、日本にも独自の幽霊史があるわけで、幽霊は多様である。本書はこうした広がりをとらえられてはおらず、時間的にも空間的にも限定されている一冊ではあるけれども、結果的に一国における幽霊の変化、受容の仕方の変化を実在の事件なども取り上げながら丹念に追えているのがおもしろい(日本の幽霊譚との類似性が指摘され、普遍性の指摘に繋がったりもする。)。

本書の話の進め方としては、具体的に実在する幽霊譚を取り上げて、それが実際にはペテンだった/あるいは解明されなかったという顛末を幽霊譚の類型に当てはめながら解説していくパターンもあれば、「幽霊物語の作法」の章では物語の中に現れる幽霊の変遷に目を当て、「上空の天使と深海の悪魔」の章では戦争中の幽霊譚や潜水艦での幽霊譚を中心にまとめ、と多様な角度から幽霊と人の歴史を洗い出してみせる。

おもしろエピソード

おもしろかったエピソードはいくつもあるが、中でもなるほどなと思わせられたのは幽霊を信じるか否かは当事者の社会的階級に大きく関わっているという説明。それによると、言い方は悪いが下層階級が幽霊を信じる傾向にある──のはまあわかるが、上流階級もそうなのだという。たしかに言われてみれば、幽霊に取り憑かれたイギリスの風景と言われてぱっと思い浮かぶのはやたらと広大で、高そうな家具がいっぱい並んでいる壮麗な屋敷である(高そうな家具がポルターガイストで壊れたりする)。

逆に中流階級は幽霊という考えの積極的な否定派で、(中産階級がいうには)上流階級は退廃のしるしだから幽霊を好み、下層階級の人間はろくに教育を受けておらず犯罪のめくらましなどに幽霊を用いると批判的だ。著者の言も含めいまいち上流階級が幽霊を信じる傾向にある説明には納得いかないものがあるが(かなりぼかされて書かれているし)、傾向としてはたしかにあるようで、それ事態は興味深い所である。

あとは、1800年代後半から1900年代にかけて女性霊媒師の存在が増えた理由についても、細かくみていくと幽霊が社会に与えた影響がみえてくる。それによると、当時の女性霊媒師らは降霊会と称して客を集め、霊に取り憑かれたふりをして男性らと性的な関係を結ぶなど、降霊会が一種の風俗的に広まっていたようだ。当然ほとんどはペテンであったようだが、これが結果的には女性の社会進出の一例となり、女性参政権獲得の推進力とも結びついていった──と本書では書かれている。そこまでのものかどうかはともかくとして、少なくとも時代の流れの現れではあったのだろう。

幽霊は不滅なのか

個人的に、この科学全盛の時代にあってはもう幽霊の生存は不可能なんじゃないのかな(心霊番組もめったになくなったし、みんなさすがに馬鹿馬鹿しいと感じているのでは)と思って読み始めたのだが、少なくともイギリスではまだまだ心霊番組(含む霊能力者もの)が元気で、衰える気配はなさそうである(本書は2012年刊行だけど)。

本書はその上、幽霊と技術について語る章を、幽霊はいつだってテクノロジーを利用してきたし(例:携帯電話を用いた幽霊譚)、『ヴァーチャルリアリティのセカイが呪われる日が来るのも、そう遠くはないだろう。』と締めている。「たしかにヴァーチャルリアリティゲーム中に幽霊に出会った話とか出そうだな」と思ったし、どれだけ技術が進歩しようが人間が人間である限り幽霊が消えることはないのかもしれない。