基本読書

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様々な宇宙の形、時空の形を知ることができる格好の時間入門──『時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて』

時間は逆戻りするのか。普通に生きていると時間は一定の方角に向かって流れていくので逆戻りなどするような感じはしないが、実は物理法則上は時間が逆戻りする可能性は存在する。昨年日本でも『時間は存在しない』で話題をかっさらったループ量子重力理論の提唱者カルロ・ロヴェッリは「そもそもね、時間なんて存在しないよ」といったり、同2019年には、量子コンピュータを用いた実験でロシア・アメリカ・スイスの共同チームが「時間が逆転する現象」をとらえることに成功した。
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少なくともミクロの世界では時間逆転が認められるのである。じゃあ、我々は過去に戻ることができるんですか!? といえば、そう簡単でわかりやすい話ではない。そんな感じで、時間にまつわるあれやこれやの話をしていくのが、ホーキング博士に師事した物理学者である高水裕一さんによるこの『時間は逆戻りするのか』である。

ロヴェッリの『時間は存在しない』を含めていままで数々の物理系ノンフィクションを読んできたけれども、本書はその中でもわかりやすい部類だ。数式は出てくるが、こちらもわかりやすい形でその解説していて、苦になる人もあまりいないだろう。

熱力学第二法則という時間の流れ

時間は存在しないとか逆戻りするとはいうが、それ以前の問題として時間は人によってのび縮みするものだ。楽しい時間は一瞬ですぎるとかそういう主観的な問題にくわえ、一般相対性理論にのっとれば質量は周囲の時空を歪ませるから、ものすごい質量の周囲の時間はものすごく遅くなる。地球の地面に近いところにいる人と、飛行機で空中を飛んでいる人であれば、飛行機サイドの方が速く歳をとるのだ。

それとあわせて重要なのは、基本的な物理法則において、過去と未来は区別できないということだ。ハイゼンベルクやシュレディンガー、ディラックが導いた方程式の中は、同じ出来事をどちらにでも進めることができる。『よく、原因は結果に先んじるといわれるが、物理法則なるものによって表される規則性があり、異なる時間の出来事を結んでいるが、それらは未来と過去で対称だ。つまり、ミクロな記述では、いかなる意味でも過去と未来は違わない。』(『時間は存在しない』より)

だが、すべての法則が過去と未来を区別するわけではない。基本的な物理法則の中でも熱力学については時間が関連してくる。有名な熱力学の第二法則、熱は高温から低温に移動し、その逆はありえないという法則によって、世界は一つの方向性に向かっているように見える。「過去の痕跡」がある一方で、「未来の痕跡」が存在しないのはエントロピー増大の過程が、不可逆とされているからだ。

マクスウェルの悪魔復活

ただ、そうした状況に風穴を開けたのが冒頭で紹介した量子コンピュータを用いた実験である。量子コンピュータは、通常のコンピュータの「0」と「1」の他にその両方の重ね合わせの状態を表現することで飛躍的な計算速度の向上を実現する。

研究チームはこれを使った生物の遺伝子進化をシミュレートするプログラムを走らせていたのだけれども、プログラムが進むにつれて想像通りにエントロピーは増大(0と1の秩序は失われ)していったにも関わらず、ある瞬間から逆に0と1の配置がそろいはじめ、一定の秩序が生まれたことを観測したという。『ところが、実験ではその状態が修正され、カオスから秩序へと「逆方向」にキュービットが巻き戻り、元の状態になった。それは、テーブル上に散乱したビリヤードの玉が、完全な計算にしたがって完璧な秩序をもつ正三角形に戻るのと同じである。すなわち時間が逆転したのだ』

これはもちろんマクロの世界で起こるような事象ではないが、量子世界においては時間逆転を起こすことは可能っぽい。また、こうした時間逆転は量子レベルでは意図的に起こせることから、(実験を2キュービットで行った場合は「時間の逆転」の達成率は85%)量子コンピュータのノイズやエラーを消すために使えるので、わりと実用的なレベルで時間の逆転事象が我々の手元にやってくる可能性もありえる。

時間は存在しない?

一方で時間はそもそも存在しないというカルロ・ロヴェッリのような勢力も存在する。彼の提唱するループ量子重力理論によれば、途切れなく連続的なものであるとおもわれていた「時空」には、実は分割可能な最小単位があるのではないかという。

時間も空間も最小単位がある素粒子だとすると、それらも量子として扱えることができるようになり、不確定性原理の影響を受け時間も空間も揺らいでいることになる。つまり、時間は、人間が観測する時にそこにあるように見えているだけで、実際にはそんなものはない。あるのは、Aという事象とBという事象の間の関係性だけである──というのが、ロヴェッリのいう「時間は存在しない」なのである。

これは我々の目の前に時間がどううつるかは関係なく、量子力学の方程式の中ではもう時間を表す必要はない、ということで、一般人にとってあまり意味のある宣言ではないが、物理学的には大きな議論を呼ぶトピックスだ。「いや時間はあるよ」といっている物理学者も多く、本書の著者も「時間が消えるとまで言い切るのは論理の飛躍があると感じる」と述べている。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

おわりに

本書では他にも、ループ量子重力理論以上に有名な、一般相対性理論と量子力学に折り合いをつけた量子重力理論のひとつ超弦理論を用いた時間&宇宙モデルを紹介していたり、これ一冊で複数の宇宙論の概要を把握することができるだろう。

僕が最近読んだのがどれもループ量子重力理論関連の宇宙本だったから(あと最近超弦理論の本が訳されないし)てっきり今世界の量子重力理論界隈ではループ量子重力理論のほうが優勢なのかと思っていたが、著者によると世界的にはまだまだ超弦理論の方が人気があるらしい(ただ、著者自身はループ推し。『率直にいえば私も、超弦理論は時空の本質を真剣に考えているとは思えず、ループ量子重力理論のほうに相対性理論や量子力学にも通じる過激なまでの革新性を感じるのです。』)

本書では他にも、時間が仮に二次元だったらどのような世界になる?(我々の世界では直線の時間が平面の上を進むようになるから、簡単に過去に戻れるようになる)とか、空間が4次元だったらどうなる?(重力がどのようになるのかは空間の次元数に関わってくるが、空間が4次元になると恒星の周囲を周る惑星の軌道が安定しなくなる)など、二次元世界の住人の物語を描いた古典的名著『フラットランド たくさんの次元のものがたり』を読んだ時のようなおもしろさが味わえる章もある。

260ページでサクッと読めるので手にとって見てね。