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異質なものとの遭遇──『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』

誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-101)

誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA ノ 4-101)

本書『誤解するカド』は今年の四月から放映がはじまったアニメ『正解するカド』に乗っかって編集された、ファースト・コンタクトSF短篇を集めた傑作選である。アニメのスピンオフでもなんでもない無関係な作品が集まっているので、アニメを観ている必要は特にない。

正解するカド、めちゃくちゃおもしろい

実は『正解するカド』って、キービジュアルに惹かれなかったし、あらすじからはファーストコンタクト物ってことがわかるだけで情報量もないしであんまり興味がなかった──のだけど、本書について書く以上アニメも一応確認しておくか……と思って観始めたらめちゃくちゃおもしろくてドハマリしてしまった。あまりたくさんは観てないが、いまんとこ今期ではこれが一番ワクワクしながら楽しんでいる。
seikaisuru-kado.com
『正解するカド』とはどのようなアニメか。今のところは日本に突如現れた、一辺が約2キロある不可思議な立方体「カド」と、そこから出てきた謎のエイリアンと日本政府の交渉が描かれていく。いわば『シン・ゴジラ』の、(言葉が通じる)エイリアン版といった印象で、丹念に政府が未知の存在と接近した時にどのように対応するのかがシュミレートされていき、"異質な存在"であるエイリアンの描き方も抜群に良い。

超越的な技術(人間を一瞬で模倣する、物体の機構を読み取り情報を取得する)を持つエイリアンの目的は、2話で"世界を推進すること"、そのために"世界人類との意思疎通が必要"と明かされ、"あなた達は考え続けなければならない。わたしが敵なのか。味方なのか。それが、正しい。"と日本政府に対し考え続けることを要請する。

果たして本当の狙いはなんなのか。なぜ世界を推進しなければならないのか──と何もかも謎なのだが、何しろあの野崎まどだから、どこまでも突き抜けた上でひっくり返してくれるに違いないという確信に近い信頼がある。スタッフも「翠星のガルガンティア」の村田和也、「楽園追放」のメンバーで、3DCGも脚本も最高に近い出来。

というわけで以下は本の紹介をするけど、アニメもめちゃくちゃおもしろいからオススメという話であった。Amazonプライムで観れる前日譚は、話が動かなくて退屈かもしれないけど、後の展開の基礎にあたる──"交渉とは、双方の利益になるように粘り強く交渉すること"が描かれるので、是非そこから観て欲しいなあ。

『誤解するカド』

さあ、話を元に戻すと『誤解するカド』である。収録短篇はファースト・コンタクト物で、国内勢は筒井康隆、小川一水、野尻抱介、円城塔、飛浩隆、野崎まどの6人。海外勢はフィリップ・K・ディック、ジョン・クロウリー、コニー・ウィリス、シオドア・スタージョンの4人で全員実力派の合計10篇が収録されている。

収録順としては、最初の方は真っ当に未知なる生物と人類が出会い、コミュニケーションをとり文化摩擦をなんとかしようとする作品が並ぶ。それが、うしろに行くほど不穏でわけのわからない作品が増えていき、最後の野崎まど「第五の地平」まで辿り着くと、チンギス・ハーンが地球や宇宙どころか次元すらも突破して、世界の果てを目指して疾走し、もう未知の生物といえるような物すら出てこなくなってしまう──が、これもよく読めばファーストコンタクト物と言い張ることはできる。

つまり本書一冊で真っ当なファースト・コンタクト物から変なファースト・コンタクト物までが一気に楽しめてしまうわけで、ファースト・コンタクト読者促成栽培キットのような本になっている。入門篇的であるし、これを読めば"だいたいファースト・コンタクト物がどんな作品なのかわかった"といってしまってもいいだろう。

収録先の簡単な紹介

収録作を簡単に紹介すると、関節をぽきぽき鳴らしてコミュニケーションをとる異質なマザング人と対話を行う人間の大使の奮闘を描く、筒井康隆「間接話法」。外務省船内で繰り広げられる、人工知能と人間と謎のエイリアンとの異質な結婚/恋愛観が衝突し、時に相互理解に至る小川一水「コズミックロマンスカルテット with E」。恒星間を移動してきた謎の飛行物体の調査・分析の過程で周囲との時間のズレが大きくなっていくロマンチックな男女の物語野尻抱介「恒星間メテオロイド」。

雑用をなんでもやってくれるエルマーと呼ばれる人工物が突如現れ、はいしか書かれていない善意チェックと呼ばれる不可思議なアンケートに答えることを促される、ジョン・クロウリー「消えた」。人をいらいらさせる才能の持ち主であるタンディの元に訪れたエイリアンとの物語、シオドア・スタージョン「タンディの物語」。食べようとしていた異星の豚が突如喋りかけてきてかなり気まずくなる──そして結局、意を決して食べてしまう、ディックのデビュー短篇「ウーブ身重く横たわる」。

複数のコンピュータで走らされたプログラムが吐き出す文字列、それが一定のパターンを示した時に"自分がいる"と感じる*1特殊な異星人についての物語、円城塔「イグノラムス・イグノラビムス」。宇宙の知性がひとつ残らず焦がれる、計測や観測のできない〈あの響き〉とは一体なんなのか──飛浩隆「はるかな響き」。ドラッグとセックスに溺れた少女の寮生活、しかし男たちはテッセルという生物を飼うのにハマっていて──という物語を中心に、父親のいない娘たちなど幾つものテーマが混交したコニー・ウィリスの短篇作品の中でも屈指の問題作「わが愛しき娘たちよ」。

最後は、「遠くへ行きたかっただけだ……」「だがその"遠く"はどの方向にあるというのだ……」というチンギス・ハーンによるアホすぎる問いかけに対して、友人がまずは遠さを定義いたしましょうと持ちかけ、話が理屈に支えられて無限に拡大していく野崎まど「第五の地平」。もし野崎まど未体験者がいきなりこれを読んだら、大真面目に進行する『正解するカド』に対する期待と恐怖が4倍ぐらいになるだろう。

おわりに

ちなみに、読んでいた作品が多かったのだけど、野尻さんの作品はSFマガジンに発表されたあと書籍未収録だし、品切れの書籍に収録されていた短篇(ウィリスの「わが愛しき娘たちよ」とか)もあるので、そういう面でも嬉しい。

*1:複数のコンピュータで〜というのは比喩だが