基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

傑作火星三部作、ついに完結──『ブルー・マーズ』

ブルー・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

ブルー・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

ブルー・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

ブルー・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

本書『ブルー・マーズ』は『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』に続く、キム・スタンリー・ロビンスンによる火星三部作の完結巻となる。ただし、第一部が日本で刊行されたのは1998年のこと。第二部が出たのも2001年。つまり、なんと完結巻が出たのはそれから16年後ということになる。原著がその間出ていなかった──というわけでもなく、何らかの理由で出ておらず、実質幻の作品と化していたのだ。

僕は随分前に一度二作品を読んで、15年に「オデッセイ」公開に合わせてSFマガジンで行われた火星SFガイドでレッドとグリーンについて100文字程度の紹介を寄せる時にもう一度読んだ。当時最先端の情報を用いて書かれたという売り込みの作品であったので2015年に読んでおもしろいかいなと思っていたが、これが充分におもしろく、今こうしてブルーを読んでもやはりこれは傑作だという思いを新たにした。

政治、憲法の樹立、新しい経済システムの創設、長寿化による記憶障害、新世代と旧世代の対立、エネルギー源、輸送手段の効率化、両性具有など徐々に身体改変を進めていく新人類、太陽系全土へとその生活圏を広げていく人類──その全てをやりすぎだというぐらいに緻密に描きこんでいった本作は(結果としてクッソ分厚い本になっている)、どこを切り取って読んでも「いったいどれほどの時間と労力をかけたらここまでの物が書けるんだ……」圧倒されてしまうほどのパワーに満ちている。

というわけで充分に今読むに値する作品なのだが、そうはいっても前二作を読んでいない場合は躊躇するだろう。何しろブルーだけでも上下1200ページを超えており、他二部も合わせると3000ページを超える。話は繋がっているのでレッド、グリーンと読んだ方が良い面もあるが、とはいえ、『ブルー・マーズ』の解説で前二作の詳細なあらすじが付されているので、解説の該当部分を読んでからでもいいだろう。

本記事でも、下記である程度流れを紹介する。

大雑把な流れ

世界各国の科学者からなる〈最初の百人〉が火星に入植することから物語は始まる。テラフォーミングで火星の環境を作り変えていこうとする一派と、今ここにある火星の風景を守ろうとする一派で大きな対立が起こり、地球の人口爆発とそれに伴う世界戦争なども起こって事態はしっちゃかめっちゃかに。時は流れてそこから1〜2世代後、遺伝子工学を用いた長寿措置など革新的な技術が現れ、地球vs火星&火星内部での対立は激化しながらも火星は独立へ向けて大きく動き出す。

まとめると、火星への入植と地球との分離、独立までがレッド、グリーンであり、『ブルー・マーズ』は独立後の新たな憲法や政治をどう創り上げるのか、経済システムはどうあるべきなのか、といった"新天地で国家を創り上げる為に必要な議論"を一つ一つ取り上げる巻だ。火星で彼らは、土を作り変え、大気を変革し、人間の身体も変え、その全てに反対/対立者がおり、議論を深めながらも文明が否が応にも前に進む様が描かれていく。その都度ごとに火星の"風景"は変わっていき、赤い惑星から緑の惑星へ、そして最終的には豊かな水が存在する青い惑星へと変化することになる。

 しかし赤い火星は消えた。永遠に消えたのだ。ソレッタがあろうとなかろうと、氷河期があろうとなかろうと、生命圏は成長し、拡大して、やがてすべてを覆うだろう。北には大洋、南には湖水、そして川と森と草原と都市と道路、すべて見えていた。白い雲から恐ろしく古い高原に雨が降って泥濘と化し、一方のんきな人間の大群ができるかぎりの速さで都市を造ってゆく。文明の長距離流出土砂崩落がアンの世界を埋めてゆく。(『ブルー・マーズ』)

アッチェレランド

この三部作は火星を舞台にした火星SFだが、『ソレッタがあろうとなかろうと、氷河期があろうとなかろうと、生命圏は成長し、拡大して、やがてすべてを覆うだろう。』というように、その中心に据えられているのは新天地を目指し拡散を続け、環境と自身らを作り変えていく"人類の行動様式"そのものだ。何しろ火星に行こうがどこにいこうが人間は人間なのだから、変わらぬ原理原則がある。

たとえば権力は必ず腐敗する。対立はどこにでも産まれ、場合によっては革命へと発展する。一方で技術は蓄積する。これまで困難だったことも──たとえば死すらも、科学によって乗り越えられる面はでてくる。少しずつ、少しずつ変わりながら、それでも大きな流れとしては変わらない歴史を人類は繰り広げてきた。果たして、火星に、太陽系に散らばっていった人類は次は"どこまで"変えることができるのか。

これまでのところはなんとかうまくやってきている。しかし、人類が危機にさいして、長期間、継続して分別のある正気を保ったことはかつて一度もないのだ。過去においては集団発狂している。そして、人類はこれに先立つ数世紀のあいだ、生存と生き残りがかかる事態に直面すると、たがいに無差別虐殺をしていた。その同じ動物であることに変わりはない。同じことがもう一度起こる可能性はおそらくまだある。かくて人々は建設し、議論し、怒りくるった。不安な面持ちで、最年長の超老人たちが死に始める徴候が現れるのを待った。産まれてくる子ども一人ひとりをじっと見つめた。ストレスのかかったルネサンス。つまり、生き急ぎ、ぎりぎりのところに立つ、躁状態の黄金時代。アッチェレランドだ。そして、次に何が起きるのか、誰にもわからない。(『ブルー・マーズ』)

本三部作はこうした、変化しながらも繰り返す人類の行動様式と、それに対立する人々を通して数百年にも渡る"文明の動き"をダイナミックに捉え、描き出していく。

おわりに

細部を取り上げだしたらキリがないのでここで終わりにしておくが、読んでいる最中、人間はここまで世界を構築することができるんだな……とただひたすらに感嘆してしまった。日本で火星三部作といえば神林長平による火星三部作だが、海外の火星SFの超重要作がついに日本語で読めるようになったことを、ただただ喜びたい。

レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

レッド・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈上〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)

グリーン・マーズ〈下〉 (創元SF文庫)