基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

今年(2023年)おもしろかった本を一気に紹介する。

今年おもしろかった本を一気に紹介します。大きめの書店が次々閉店し、人手不足や配送の問題もあって出版的には厳しい時期が続くがおもしろい本は依然として絶えない。あとゲームもいっぱいやったので、本だけでなくゲームも合わせて振り返っていこう。いつもは長くても5000文字ぐらいだが、今回は試しに合計1万文字以上書いてみたので、よかったら目次から興味あるやつにとんで読んでみてください。

SFを紹介する

キム・スタンリー・ロビンスン『未来省』

SFとして僕が今年最も記憶に残ったのは、キム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』だった。近年進行する地球温暖化の影響もあって、特に英語圏では気候変動を扱ったフィクション群(Climate fiction)が大きく話題になっているが、本書はそのジャンルの筆頭ともいえる作品。物語は2025年の至近未来からはじまり、気候変動に関するありとあらゆる対策を実施する”未来省”の人々の活躍が描きこまれていく。

気候変動対策といえば二酸化炭素削減というイメージがあるが、できることはそれだけではない。たとえば住む場所を奪われた動物の保護も必要だし、住む場所を追われ移民となった人々の調整、海水を真水にする技術の開発に、炭素排出を削減することで発行される、世界中の通貨で換金可能なデジタル通貨の”カーボンコイン”の創造など、本作では経済から農業まで、世界のあらゆる側面を射程に入れて語り尽くしている。その性質上時に何ページにもわたってノンフィクションみたいな解説パートが入り(たとえば現代貨幣理論についてとか)、シンプルに小説、物語として評価すると評価は落ちるのだが、そうした弱点を補ってあまりある壮大さのある長篇だ。

N・K・ジェミシン『輝石の空』

王道系としては、歴史上始めて三部作が三年連続でヒューゴー賞を受賞した《破壊された地球》三部作の最終巻、N・K・ジェミシン『輝石の空』も歴史に残る出来栄え。

特に本作はネビュラ、ローカス賞も受賞してトリプルクラウンになっている。物語の舞台は、スティルネスと呼ばれる一つの巨大な大陸が存在する惑星。ここでは数百年ごとに大規模な地震活動や天変地異によって破壊的な気候変動が起こり、これまで多くの文明が滅びてきた。それでも人間が命脈を保ってきたのは造山能力者と呼ばれるエネルギーをコントロールする能力者がいるからで──と、最初はファンタジィの装いではじまり、次第に科学と魔法の関連、月など惑星が絡んだ壮大な規模の物語へと発展していくことになる。差別の問題も取り扱いながら、Fateシリーズを彷彿とさせる物語を三部を通して描きだしてみせた、完結した機会に読んで欲しい傑作だ。

ローラン・ビネ『文明交錯』

もう一冊、王道的なSFからは離れるがローラン・ビネによる『文明交錯』も今年のおすすめの一冊だ。これはスペインがインカ帝国を征服した現実の歴史を反転させ、逆にインカ帝国がスペインを征服していたら世界はどう変わったのか? を描き出す歴史改変長篇だ。普通に考えたら資源も装備も劣るインカ帝国がスペインを征服なんてできないが、どうしたらそれが可能になるのか? を軍事から内政、果てには宗教まで、数百年単位でさかのぼることで説得力を持って描き出している。

シーラン・ジェイ・ジャオ『鋼鉄紅女』

変わり種としては、シーラン・ジェイ・ジャオの『鋼鉄紅女』がおもしろかった。著者は中国出身で幼少期にカナダに移住した作家・ユーチューバーで、本作がデビュー策にあたる。TRIGGERとA-1制作による日本のロボットアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』に影響を受けて(不満を持って)書かれた、中華風のロボットSFだ。

本作ではロボットは九尾の狐や朱雀、白虎などの中国神話からモチーフがとられており、最初は動物形態だが次第に直立二足歩行形態、英雄形態に変化していく。で、『ダーリン〜』に影響を受けているのはどこかといえば男女二人乗りのロボットであることで、本書はその設定をもとに巨大ロボットを文学装置として青春とジェンダーとセクシュアリティを描き出していく。この世界では女は男に付き従うべきだ、などの男性上位の価値観があり、それを主人公の女性がぶち壊していくのが作品の根本のロジックに埋め込まれていて、そうした伝統・革新を破壊していく側面においては『クロスアンジュ』とか『天元突破グレンラガン』的なおもしろさもある。

ジョン・スコルジー『怪獣保護協会』

変わり種その2としては、『老人と宇宙』など数多のSF作品・シリーズで知られるジョン・スコルジーの『怪獣保護協会』もおもしろい。テーマは「怪獣」だ。怪獣がもし、並行宇宙の地球に存在したら、それを保護し研究する人もいるだろう──という発想で、本作でスコルジーはいきいきと楽しそうに描き出していく。もともとスコルジーがコロナで参って何も書けなくなってしまったあと、リハビリのように楽しんで書き上げた作品で、軽快でキャッチーなポップソングのようなおもしろさの作品である。とはいえ、どのような理屈なら巨大な怪獣が生存できるのか? どのような生態なのか? などはしっかりしていて、ただただ軽いだけで終わる小説ではない。

『宇宙の果ての本屋』

近年流れが続いていた中国SFの波も『三体』の完結に伴って少し落ち着いたように見えるが、数自体はけっこうでている。その中でもオススメだったのは中華SF紹介の本邦での第一人者立原透耶編による『宇宙の果ての本屋』。ヒトに造られたロボットが、同胞が解体され死んでいくのを目にして苦悩し、無常を感じるようになり、ロボットの間で禅宗ブームが起こった状況を突き詰めて考えていく韓松「仏性」。

人為的に造られた独自のナノロボット生命体を、その生殖に適した水星で繁殖させるために奮闘する生命の拡散をテーマにした王晋康「水星播種」、突如として時間が流れなくなった世界で、試験的に創られていた時間発生装置(周囲数メートルの時間を動かす)を複製するために奮闘する時の点灯人を描き出す万象峰年「時の点灯人」など、それぞれのテーマで年間ベスト級の短篇が揃っている。中国SFに限定せずとも、今年おもしろいSF短篇が読みたいなら、まず読むべきは本書だろう。

ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』

特徴的な言葉遊びやオカルト研究など雑多な活動を行い、広いSF界の中でも奇才といえばまず彼の名が上がるといえるぐらいの作家ジョン・スラデック。その最新邦訳作(20年以上前に亡くなっているので最新作ではない)が『チク・タク〜』だ。人間に危害を加えない「アシモフ回路」が搭載されたロボットを使うことが当たり前になった時代を舞台に、なぜかその回路が機能しないロボットチク・タクが現れ、チク・タクは少女を殺しその血で壁に絵を描くなどの狂気の行動をとりはじめる。

しかし、その絵はなぜか芸術評論家に評価され──と狂乱のロボットを中心に、人間のおかしさをユーモアと共に描き出していく。絵を描くロボットなど、昨今の情勢をまるで見てきたかのようなロボット・ピカレスク長篇だ。僕はロボットがギャングに育てられて殺人ロボットに成長していく映画『チャッピー』とかも大好きなんだけど、ロボット☓ピカレスクってなんかやけにおもしろいんだよね。文庫で250p程度の作品なので今回紹介したSFの中では比較的とっつきやすい作品といえる。

酉島伝法『奏で手のヌフレツン』

日本SFとして今年トップだったと自信を持って言えるのは酉島伝法による最新長篇『奏で手のヌフレツン』。著者はデビュー作の連作短篇集『皆勤の徒』と第一長篇『宿借りの星』が共に日本SFを受賞した、寡作ながらも傑作しか書かない作家だが、その最新作である本作(『奏で手〜』)も、前作を上回る傑作だ。大量の造語を駆使して独自に生み出した生命体(人間や地球とは異なる姿かたち・生殖・文化・宗教・惑星を持っている)を生み出し、その生態と感情の揺れ動きを事細やかに描き出していく。

そして、その世界ならではの圧巻の情景、音楽を最後には魅せてくれる作品で、酉島伝法初挑戦の人にも本作をおすすめしたい。最初は読みづらいかもしれないが、100pも読めばこの世界に入り込んでいるはずだ。

川端裕人『ドードー鳥と孤独鳥』

純粋なSFというわけではないが、『我々はなぜ我々だけなのか』などノンフィクションの著作でも知られる川端裕人による『ドードー鳥と孤独鳥』は絶滅動物の魅力にのめり込んでいった二人の少女の人生を描き出す、絶滅動物長篇として珠玉の一冊だ。

ドードー鳥は絶滅動物として有名だが、孤独鳥と呼ばれる鳥は群れでみかけることはめったになく、捕まえるとたちまち鳴き声もたてずに涙を流し、どんな餌もがんとして拒み、ついには死んでしまうと語られるエキセントリックな鳥だ。絶滅した動物は、孤独鳥のように時に人の感情を揺れ動かす特徴を備えているもので、本作は遺伝子改変など現代的なテーマと共に絶滅動物たちの魅力と歴史に気づかせてくれる。

斜線堂有紀『回樹』『本の背骨が最後に残る』

日本SFでも良い作品がたくさん出たが、中でも記憶に残ったのは近年SF系の作品も旺盛に発表している斜線堂有紀による『回樹』と『本の背骨が最後に残る』。

紙の本が禁じられ、本の内容を人間が口伝で伝えていくようになった世界で、同じ本を覚えているはずなのに内容がズレた二人の人物が自身の正当性を主張する解釈合戦である”版重ね”──負けた方は生きたまま焼かれることになる──を行う「本の背骨が最後に残る」、映画に魂が存在する世界で、新たな傑作を世に生み出すため、魂を解放するために100年前の傑作群を二度と見れないようにフィルムを焼いて葬送していく「BTTF葬送」(『回樹』収録)など、特異な世界・状況を設定し、それならではのロジックを貫き通していく能力がずば抜けている作家・短篇集だ。

冬木糸一『SF超入門』

また、以下はノンフィクションだけどSFなのでこっちの枠で紹介するが、SF関連のガイドブックが珍しくたくさん出たのも印象に残る年だった。手前味噌ながらビジネスパーソン向けに現実の事象(気候変動や仮想世界など)とSFを結びつけて紹介した冬木糸一『SF超入門』が刊行された他、池澤春菜監修で海外・国内作家合わせて一〇〇人を紹介した『現代SF小説ガイドブック』も出た(こっちは著者名の間違いなど細部の問題もあって批判も出たが、大まかな内容や選出自体はよかった。)

二〇二二年にロンドンの科学博物館で開催された『サイエンス・フィクション』展のガイドブックとして刊行されたグリン・モーガン編の『サイエンス・フィクション大全』も『SF超入門』でできなかったことが達成されていておもしろい。SFはもちろん現実の科学の発展の影響を受けるし、現実の科学もロボットや宇宙回遺髪など、SFからインスピレーションを受けることが多く──と、科学とSFは相互発展してきた歴史があるのだが本書はそのあたりの歴史を小説、映画を中心に解き明かしている。

SFマガジン10月号も特集「SFをつくる新しい力」でSF入門を行っていたし、これも入れれば全部で4冊もの(見逃しがあったらすまん)ガイドブックが一年で出たわけだ。全部読む必要はなく合いそうなものがあれば手にとって見るといいだろう。

ノンフィクションを紹介する

ウォルター・アイザックソン『イーロン・マスク』

ノンフィクションとして特に記憶に残っているうちの一冊は、伝記の名手ウォルター・アイザックソンによる最新作『イーロン・マスク』だ。今年はX(旧Twitter)の混乱が特に印象に残った年だったといえるが、その中心にいて台風のように周囲を巻き込み続けているイーロン・マスクが、どのような生まれと育ちで現在のような人間になったのか。そして数々の偉業(と騒動)をどのような行動とロジックで成し遂げてきたのかを解き明かした作品で、この人物に肯定的であろうと否定的であろうと、おもしろいと思わずにいるのは難しい。迷惑人間なのは間違いないが、彼が成し遂げてきたことが本物でもあり、そこには確かに学びがあるんだよね。

ラッセル・A・ポルドラック『習慣と脳の科学』

もう一冊おもしろかったのが、ラッセル・A・ポルドラックによる『習慣と脳の科学』。日々行う習慣は人生の基本を作るから、ある意味生きていく上でもっとも重要な要素といえる。しかし、日々運動したり勉強したり、有益と思われる習慣を形成するのは難しい。どうしたら新しい習慣を構築できるのか。スマホの見すぎなどの習慣を破棄するのが難しい理由は何か──を科学的に解き明かしていく一冊だ。

本書によると、人生を飼えることに成功した人と失敗した人の間で一番大きな違いには、転居の有無があるのだという。習慣を変えることに成功した人たちは、失敗した人たちに比べて約3倍も引っ越しをしていたとか。

サイモン・マッカーシー=ジョーンズ『悪意の科学』

近年、ネット上の悪意ある嫌がらせとそれに対する訴訟が話題に上ることが多くなってきた。見ず知らずの有名人にたいしてなぜ嫌がらせや暴言を吐く人間が絶えないのか? どのような人がそうした行為を行うのか? そうした人間の悪意について科学したのが、サイモン・マッカーシー=ジョーンズ『悪意の科学:意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』だ。世の中には他者に対して悪意を持つ人間が一定数いて、彼らは積極的にコストを支払って、経済合理性に反した嫌がらせを行う。

たとえばトランプが勝利した歴史的なアメリカの大統領選で、世論調査によればトランプに投票した人のうち53%が、トランプを支持してはおらず、クリントンを勝たせなくなかったからだと答えている。トランプが当選したら嫌な気持ちになると答えた人たちもトランプに投票しているが、その理由は「混乱であっても何が起こるのかを見てみたかったから」とか「すべてを焼き尽くして、新しいスタートを切りたい」とか、さまざまである。自分や社会にとってマイナスになる可能性があってもカオスや混乱を欲する心情は、そう珍しいものではないのかもしれない。

デヴィッド・グレーバー,デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明』

この世の中にはやってもやらなくてもいいクソみたいな仕事で溢れかえっていると『ブルシット・ジョブ』で提言したデヴィッド・グレーバーの遺作となったのが、『万物の黎明』だ。多くの特に売れている人類史本は、ハラリの『サピエンス全史』が「虚構」をテーマにしているように「わかりやすい切り口」が存在するものだが、本書の特徴のひとつは数多かたられてきた「わかりやすい切り口」の「ビッグ・ヒストリー」を批判し、複雑な人類史を複雑なままにとらえようとしている点にある。

たとえば、これまで「わかりやすい物語」として、人類はある時期を境にして狩猟採集生活から農耕を主とした定住生活へと移行し、人口が増え、国家や都市が生まれ、法律や軍隊も生まれて不自由や不平等が生まれていった──とするスケール発展の歴史があった。しかし、実際の歴史や考古学的証拠を追うと、人類の発展はそうシンプルなものではない。たとえば、いわゆる狩猟採集民は穀物や野菜の栽培や収穫の方法を理解しながらも農耕に完全にシフトせず、数千年にわたって農耕や家畜化と狩猟採集生活を共存させてきたし、社会の形態も必要に応じて様々に対応してきた。

本書は数多のビッグ・ヒストリーへの批判や、「あったこと」ではなく、「なかったこと」を中心に展開するので、どうしても記述はわかりにくくなる。どういうことかといえば、都市生活や奴隷制度や農耕が、ある時代の社会に「なかった」のはなぜなのかと問うていくのである。それはただ「(発明前だから)なかった」のではなく、「拒絶した」から存在しなかった場合もあり、そこには重要な意味を見出して、過去を検証していくのである。長大な本で値段も高いが、それだけの価値のある本だ。

ダニエル・ソカッチ『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』

今年大きなトピックのひとつに、10月7日に勃発したパレスチナとイスラエルを中心とした戦争状態がある。依然として人権を無視した報復措置がとられていたり、プロパガンダも相まって情報が錯綜している状況で、何冊も状況を理解するために本を読んだがその中でもわかりやすくおもしろかったのがダニエル・ソカッチ『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』だ。著者はパレスチナとイスラエルの両者はどちらも土地にたいする正当なつながりと権利を有していて、両者ともに外部の犠牲になってきた二つの民族であるという前提を置いて語っていく。現在進行系の事態についてはもちろん触れられていないが、そこに至る道筋について学びたい人に薦めたい。

ジョナサン・マレシック『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』

近年僕が注目しているテーマに「労働の未来」と「ベーシックインカム」と「尊厳」の問題がある。ようはAIなどの自動化によって人間の労働力がだんだんと必要とされなくなりつつある&人間が労働したくてもできない社会がきた時に、労働で満たされてきた社会的な関係や尊厳はどうなるのかが重要になってきているのだ。

そのテーマの流れでおもしろかったのが、ジョナサン・マレシックによる労働で発生する燃え尽き症候群がなぜ起こるのか、どうやって対策をしたらいいのかについて書かれた『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』だ。燃え尽き症候群が発生するのは、自分のしている仕事が自身が期待する水準を満たさない時と簡潔に定義されているが、その性質上医師や看護師や教師のように、理想を高く抱きがちな職業ほど燃え尽き症候群が発生しやすい。対策としては労働に注力しすぎずほどほどにがんばることなどいくつかあるが、これは労働と尊厳のテーマにも接続できる。

燃え尽き症候群は自分や周りの人がいつどこで引き起こしても不思議ではないので、自衛や周りの人を助けてあげるためにも、重要な一冊だ。

キャスリン・ペイジ・ハーデン『遺伝と平等』

尊厳とも関わってくるが、近年遺伝子の研究が進んで、いったいどれだけ個々人の能力や学歴が遺伝子と関わってくるのか、だいぶ明らかになってきた。

遺伝子によって容姿だけでなく、人の能力も大きな影響を受ける。そのことを公言すると容易に優生主義に結びつける人間が現れる危険性があるが、しかし優生主義に陥らないように、遺伝子の差も考慮しながら平等な社会を構築することもできるはずだ──と、キャスリン・ペイジ・ハーデン『遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる―』では、最新の双子研究やゲノムワイド関連解析(個人のゲノムの全領域について、遺伝的な変異のある場所と表現系の関係を調べる手法)の成果を用いて迫っていく。かなりおもしろく、今後の世界の行末や社会制度を考えるにあたっても重要な一冊だ。

マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング『リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話』

リバタリアンが集まる自由な町を作ったら、整備も何も行き届かなくなり、自由を目的にやばい奴らが集まってきたという悲しい実話を書いた『リバタリアンが社会実験してみた町の話』の著者最新作『リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅』は、リバタリアンとがトンデモ医療と結びついたことの顛末を描き出す今年ベスト級のノンフィクションだ。

波動でどんな病気も治るなどトンデモ医療を提唱する人は昔からいたが、今はインターネットの力でそうした人たちも布教がしやすくなっている。そうして個別に旗揚げしたトンデモ医療アベンジャーズを、反ワクチン運動家が結びつけたのだ。反ワクチン運動家は2000年代初頭、資金不足に悩んでいたが、トンデモ医療アベンジャーズらと結びつくことで不足していたものを補い、声を一つにしはじめたのだという。アメリカで今どんなことがおこっているのか、その実態が本書を読むとよくわかる。

キース・トムスン『海賊たちは黄金を目指す』

海賊ノンフィクションに外れなし、は僕が勝手にいっていることだが、その例に漏れずキース・トムスン『海賊たちは黄金を目指す』もおもしろい。1600年代後半、スペインの海や街を荒らしまわり、破滅的な戦闘を幾度も乗り越えてきた海賊たちの日誌をもとにその冒険を描き出した一冊である。原題は「Born To Be Hanged」で、絞首刑になるために生まれてきたみたいな意味。自分の命をなげうってでも大金を手に入れ、敵を殺すぞ! という破滅的な気性。船や街を襲って金を手に入れても、船内賭博ですべて失い、マイナス分を取り戻そうと別の街を襲いにいく暴力性など、いかにも海賊らしい海賊の姿がとらえられている。海賊たちの出会いから別れまであまりに美しく破滅的で、まるで凄まじい冒険小説を読むかのように楽しませてもらった。

ヴィトルト・シャブウォフスキ『独裁者の料理人』

古来より独裁者は暗殺に怯えるものであり、口にするものには(毒殺を警戒して)細心の注意を払う。もちろん毒見役などを用意するわけだが、だからといって料理人が誰でもいいわけではない。独裁者は、料理人には信頼のおける人物を配置するものだ──だからこそ、料理人は、独裁者の知られざる側面を知っているものである。

ヴィトルト・シャブウォフスキによる『独裁者の料理人』はまさにその点に注目した一冊で、サダム・フセインやポル・ポト、ウガンダの大統領イディ・ミアンなど数々の名高い独裁者たちの料理人に話を聞いていく。フセインは何万人ものクルド人をガスで殺すよう命じた後何を食べたのか? 普段はどのような言動をする人物だったのか? そうしたエピソードだけでなく、彼らが好んで食べていたもののレシピも載っていて、料理をする人なら本書の楽しみはより増すだろう。

高野秀行『イラク水滸伝』

僕は冒険ノンフィクション作家高野秀行作品を全部読んでいるぐらいには高野ファンだが、最新作の『イラク水滸伝』は近年の高野作品の中ではもっとも力のこもった一冊だった。今回彼がたびにでたのはイラクとイランの国境近くにある、四国を上回るほどの広さがある湿地帯。そこには30〜40万人の水の民が暮らしていて、道路もなく隠れやすいので、歴史的に戦争に負けた者や迫害されたマイノリティが逃げ込む場所で──と、それはまるで水滸伝の梁山泊じゃん! といって、水滸伝になぞらえてそのほとんど日本人が立ち入ったことがない場所に踏み込んでいく。

高野さんも50代なかばを超え、体力的に昔と同じようなやり方ではやっていられないだろうが、デビュー作の『幻獣ムベンベを追え』の時のような冒険心を未だに感じられたのも嬉しかった。そのうえ今は数々の経験を経てきているので、要所で「この文化は◯◯と共通している/反している」など、比較文化論のような視点まで獲得している。ページ数は460ページ超えと分厚いが、写真も多くページあたりの文字数はそう多くないので、サクッと読めるだろう。たいへんおすすめな一冊だ。

ジョセフ・ヘンリック『WEIRD(ウィアード)「現代人」の奇妙な心理:経済的繁栄、民主制、個人主義の起源』

これは出たばかりでまだ読み終えられていないのだが、ジョセフ・ヘンリックによる『WEIRD(ウィアード)』も上巻時点ですでに今年ベスト級の一冊だ。本書が扱っている論点は副題にも入っているように多岐にわたるが、「二つ以上の集団を比較した場合に、西洋人だけ異質のケースが多い」という重要な事実を指摘している。

ようするに、西洋人は「人間」の枠の中で実は「weird(奇妙な)」な存在なのだ。西洋の人は自分の属する大学など、社会や文化を中心にして実験することが多いが(自分が属する大学の学生など)、西洋人が人として外れ値なのだとしたら、その手法には問題がある。『私たち科学者がヒトの心理について理解していた事柄のほとんどは、心理面・行動面の重要な特質について、かなり異常と思われる集団から導き出されたものだということがわかった。p13』。本書ではなぜ西洋人はそこまで外れ値の集団になってしまったのか? ということを、個人主義の起源や宗教の影響から解き明かしていくのである。読み終わったら近日中に記事を書くので、また読んで欲しい。

ゲームも紹介するぞ

ここからはやったゲームについてすべて触れるわけではないが、記憶に残ったゲームについても軽く触れておこう。

Starfield

最初に取り上げておきたいのは『Fallout』などで知られるベセスダの最新作『Starfield』。昔ながらの王道的なスペースオペラの土台にオープンワールドの選択肢の多様性をずっしりと載せた作品で、宇宙海賊になって人から金を巻き上げる、財宝を追い求める、宇宙をめぐるパトロールになって悪い奴らをこらしめるなど、やりたいことはだいたいなんでもできる作品だ。単調なファストトラベルなど正直いってつまらない部分も多くて(特にメインストーリーのつまらなさがひどい)100点満点の作品ではまったくないんだけど、記憶に残るゲームだったのは間違いない。

Baldur's Gate 3

12月の21日に日本語版が発売されて、僕はSteamでプレイしたが『Starfield』を超えて今年一番のゲームといえば本作になるだろう。長年の歴史のある豊富な文脈・世界観から繰り出される大量のネームドキャラ。TRPGを元にしたがゆえに行動のあらゆる評価にダイスが関わってきて、同じ選択肢をとったとしてもダイスの偶有性によって異なる展開がもたらされる。とにかくD&D、そしてTRPGの自由さの(プログラミング上での)再現が素晴らしいゲームだった。ダイスの出目さえよければ、強敵を直接戦闘せずに倒したり、味方にしたり、何でもできるのだ。クリアまでに多大な時間がかかる&用語が多いので誰にでもおすすめできるものではないが、間違いなく歴史に残るゲームなので、興味がある人にはこの年末年始に是非手を出してもらいたい傑作だ。

アーマードコア6

今年SFゲームとして最もおもしろかったのは何かと問われれば『Starfield』よりもこちらに軍配が上がる。ロボットの機体を操作しスタイリッシュに敵を屠っていく名作シリーズの久しぶりの最新作だが、今回はストーリーもシンプルにまとめられ、アクションもダクソやSKIROの系譜を受け継いだ新しいシステムに仕上がっていて、入りやすい作品に仕上がっている。僕が本作をSFとして高く評価したいのは、ストーリーや機体のかっこよさもさることながら、とにかく絵、背景の素晴らしさだ。

各ステージがはじまる時、冬の景色だったり工場だったり様々なフィールドがあるが、その風景の中にロボットが佇んでいる姿が激烈にカッコよい。思わずスクショを何枚もとってしまうほどで、その点で僕にとっては特別なゲームになった。

おわりに

年末年始はランスシリーズの公認二次創作である大戦国ランスでもやろうかなと思っとります。あとゼルダとかもやったけど酔っちゃってろくにプレイできなかった。

ここで紹介した本のほとんど全部についてはこのブログで詳細な記事も書いているので、よかったら検索して読んでみてね(全部ペタペタ貼り付けてると邪魔だから)。