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トラブルでいっぱいの世界──『世界の終わりの七日間』

世界の終わりの七日間 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

世界の終わりの七日間 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

書名の通り(原題は『world of trouble』)一週間後に小惑星が衝突して、まあ人類はもう終わりだよねと広く科学者らに観測されている世界を描いた作品である。地上が何らかの理由によって荒廃しそこでほそぼそと生きる人類を描いた作品はポスト・アポカリプス物といって、終末を目前として過ごす人々を書いた作品はプリ・アポカリプス物というが、本書は後者に属する作品だ。本書の特徴としていえば、そんな「終わることが決定付けられた世界で、それでも尚事件を追って、真実を明らかにしようとする刑事」を描いているところにある。
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ちなみに、『地上最後の刑事』と『カウントダウン・シティ』に繋がる三部作目になる。前二作では人類は滅亡しないわけだから、シリーズをこれまで追ってきた読者からすれば「人類は滅亡してしまうのか!? はたまた、何らかの超技術によって人類は生き延びるのか!?」というのが非常に気になる完結編だったのである。僕も今は珍しく積んでいる本が幾つかある状況なのだけど出てすぐに買って読んでしまった。

この記事では結末を明かさないからその辺はよろしく。メタ的な話をすれば、前二作は基本的には事件が起こり、それを周囲の世界状況を絡めて捜査を続けていくミステリの形式を貫いていたから、最後に突然超兵器や小惑星の軌道を逸らす必殺技が放たれるとは想像しにくい。じゃあ「地球が壊滅していくところを描くのか」といえば、それはそれでミステリの形式を貫いてきた本作がどう描くのかが興味深い。どちらにせよ「なにがどう転ぶかさっぱりわからないが、とにかく気になる」作品なのだ。

彼は何を調査するのか。

これまで主人公ヘンリーは、多くの刑事が(というより、刑事以外も)仕事を放棄してそれぞれのやりたいことリストを消化したり、あるいは宗教に傾倒したりしていく中病的といえる執拗さで真実を捜査することにあたってきた。それはもちろん公務として──正義感で──というのもあるのだろうが、自分自身の精神安定の為のような傾向が存在していたように思う。その理想と利己的な部分の危ういバランスの保ち方が魅力でもあったわけだが、三部作目となる本書ではさすがにもはや彼も誰かから依頼を受けて殺人事件を捜査したりはできない(周囲の環境的にそんなことは無理だ)。

それではハヤカワのポケット・ミステリで出ておきながらミステリ要素も何もないSFになってしまうのかといえばそんなこともなくて、彼は三作目にしてついに誰にも依頼されていない捜査をはじめる。前二作で断片的に描かれてきた、彼の前から姿を消した妹と、妹が関与する「世界は救えるのだ」と主張し、その為の計画を練っている組織を追うことになるのだ。僅かな痕跡を頼りに捜査を進める過程で、ヘンリーは終末が差し迫った人々と出会い、またいくつかの殺人事件に遭遇することになる。

あと六日で世界が終わろうかという時に捜査をする方もする方だが、そんな時期に殺す方も殺す方だ。いったい、どんな理由が人を殺すほどに駆り立てるのか? ヘンリーはこれまでより特に強く、自覚的に「なぜ、自分はこんな時に真相を追うのか」を自問してみせる。それは、そんな時になってもあえて人を殺してしまう人がいるのと同じように、どこか理屈では割り切れない狂気のようなものをはらんでいる。

事件の謎が解き明かされていくミステリ的な面白さはもちろんだが、終末をめぐる人々の状況はSFとして面白く、さらにはそんな状況下でなぜ人は人を殺し、さらには捜査をしてしまうのかを描き、様々な軸で楽しませてくれる作品だ。