基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ゾンビ化が始まったが最後、緩やかに自我と身体が失われてゆく──『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ ぼくたちの腐りきった青春に』

第四回ジャンプホラー小説大賞の、初の金賞受賞作にして著者折輝真透のデビュー作。地味に凄いのが先日早川書房のアガサ・クリスティー賞でも折輝真透は受賞していることで、早速その実力の高さ、平均値の高さを証明してみせたといったところ。

実際、本作(『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ』)はゾンビ物にして青春物、しかも主人公(ゾンビ化して死を待っている状態)はフィッツジェラルドに憧れており、しきりとフィッツジェラルドの作品や人生を振り返ってみせる──というなんだかよくわからない取り合わせながらも、全体を通して実に読ませるのだ。何らかのジャンルの枠組みに入るというよりかは、ゾンビ的な要素(SF的な説明もいい)もフィッツジェラルド要素も青春要素もすべてにおいてうまく、なんとなくハマっている。

舞台とか。全体的にオフビートな物語

舞台はゾンビ的な病気が存在している日本。ワクチン接種済みならゾンビにはならないのだが、日本の接種率はわずか30%で、予約しても待たされるし、感染している人々が多くないのか、接種が広まっていないらしい。で、感染した人間も抗体さえ打てば「他者に噛み付いたりしても感染させたりしない」状態にできるのんだけど、すでにゾンビ化──TLC、TransForm into Curseウィルスに感染し白血球が変異した場合には、その進行を止めることができず、ゆるやかな死が確定してしまう。

変異型白血球は宿主の身体を蝕み、やがては宿主自体を食い潰してしまう。この過程で見られる症状が腐敗によく似ているから、ゾンビ化と呼ばれている──真の問題は、この変異型白血球にあるんです。

物語は、とあることをきっかけにこのTLCウィルスに侵され、もうどうしようもなく死へと向かっていくしかない大学生の藤堂翔を語り手として、彼がおおむね死ぬまでに青春をおくる物語──といえばそうなのだけれども、ゾンビ物にしても青春物にしても逃れられぬ死に向かう感動物にしてもいろいろ変な話である。

まず、ゾンビ化とはいえ抗体によって感染能力を失っているから、感染というゾンビものにおける重要ファクターがほぼ最初にしかない。また、主人公はゾンビとして死ぬ自分と向き合うためにゾンビの者共が集う自助会である〈ゾンビの会〉に出向き、そこで15歳の少女に出会う──的なはじまりをする。そこだけ読むと、感染能力を失ったゾンビ物であるという点も相まって、「それってただの不治の病に侵された恋愛感動物じゃん」と思うのだが、実は最後まであまり感動させるような要素はない。

大学ではメンタルを病んでいて「一緒に死んでくれたら──」と条件をもちかけてくるようなエナさんと出会い、となかなか刺激的なラブロマンスが始まりそうな予感もあるのだが、こちらでも決して愛の炎がものすごい勢いで燃え上がったりはしない。全体的なビートはまさに副題にもある通り「腐りきった青春」という感じだ。

藤堂翔くんは自分の死を目の前にしてものすごく悲観するわけでもなく、かといって楽観するわけでもなく(絶対死ぬので)、淡々と大学生、そして文芸部員としての生活を送っていく。死ぬまでの間に思い出をつくろう、といってダンス大会にみんなで参加しようとしたり(参加しない)、文芸誌を作ろう! といってぐだぐだになったり、そのへんは何かをやろうといって結局なにもできないリアルな大学生って感じだ。

「え、それの何がおもしろいの?」と思うかもしれないし、僕も書いていて「これをおもしろいと思ってもらうの難しいな」と思っているのだけど、このオフビート感が凄くいいんだよなあ。死に向かっているのだが、最初は元気なので、死を前提とした友人のブラックジョーク(?)が成立するところとか。『「おまえはもう助からねーよ。泣こうが喚こうが、結局、最後はあの廃病院にいたゾンビみたいになっちまうんだ。そん時は俺が息の根止めてやる。コツはさ、手首を固めんの」』

とはいえ最後は訪れる。

とはいえ最後は訪れる。その部分の描写については、明確に「ただの不治の病感動物」とは異なる部分だ。次第に身体が腐っていって、物も食べられなくなる。それだけならまだいいが、完全なるゾンビ、ステージ5になってしまえば恐ろしい腐敗臭とおぞましい外見で醜態を晒し続け、脳も腐敗して自我も崩壊しているから誰かに「殺してくれ」と頼むこともできない。ほとんどのゾンビたちは自ら安楽死を選ぶが、稀にそれが選べないものもいる。誰も知らぬ間に失踪し、生死もわからぬ者もいる。

ゾンビに残された、たった二割未満の大脳皮質の叫びを──死にたい、殺してくれ、という彼らの叫びを、僕らは聞き取らなければならない。

本書は藤堂翔くんが先輩に向かって、失踪した直後から過去を語り始めるという構成をとっているのだけれども、なぜ藤堂翔は失踪をしたのか? 疾走した後、どうなったのか? を解き明かしていく部分はミステリィ的におもしろいといえるか。

藤堂翔くんも最初は安楽死を選び、そこに向けて一歩一歩準備を進めていくのだけれども、彼がその崩壊しつつある身体と自我、特別に親しい恋人もいなければ友人もおらず、やりたいこともたいしたことがなく、それすらもやりきることができないという中途半端な男が最後に望むことはなんなのか──、そして、はたして、どこかにたどり着くことができるのか? というところは、ぜひ読んで確かめてもらいたい。