基本読書

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「折りたたみ北京」の郝景芳による、AIテーマの短篇集──『人之彼岸』

この『人之彼岸』は、「折りたたみ北京」を筆頭に中国のみならず世界で高い評価を受けているSF作家郝景芳(ハオジンファン)のAIテーマを中心に集めた短篇集だ。郝景芳の作品は、すでに白水社から『郝景芳短篇集』が、自伝的な長篇小説『1984年に生まれて』が中央公論新社から出ていたりと、本邦でも翻訳が積極的に進んでいる中国の筆頭作家の一人である(早川書房から長篇『流浪蒼穹』も刊行予定とのこと)。

その大きな理由の一つは、郝景芳の作品の多くが現代の技術や社会問題などのテーマを中心とし、それが未来の社会においてどのように変化していくのか、あるいは新しい問題が立ち上がるのか、といったいま・ここと地続きの話を扱うことの多い作家だからとはいえるだろう。新型コロナウイルスによるパンデミックが起こってから、「社会との関わりの中に存在するものとしてのSF」が取り上げられ始めたが、そういう文脈の中で強い存在感を示している作家でもある。本書にも、AIが現代においてどのような限界と意味を持っているのかを語るエッセイが二篇収録されているし。

エッセイに関しては既知の内容がよくまとまっているとはいえそうおもしろいものでもないが、基礎的な知識を踏まえた上でのSF六篇はさすがの出来。脳をスキャンし記憶領域を解析しマインドアップロードが可能になった世界や、自分そっくりの受け答えをする分身が使えるようになった世界での問題、脳にチップを埋め込むことで人間社会の全体的なコントロールが可能になった世界を描き出す過程で、人間に残されたものは何なのか、人間とAIの協力の形とは、と様々なヴィジョンをみせてくれる。

六篇を紹介する──「あなたはどこに」

短篇は六つなのでざっと紹介してみよう。トップバッター『あなたはどこに』は、自身の受け答えを代替してくれる分身が存在する世界で、その限界を描き出す一篇。任毅(レン・イー)は、自分が代表をつとめる会社の中心サービス『分身』への融資を受けるため事業計画書を提出しているが、成長が鈍化しつつありうまくいかない。

仕事だけではなくプライベートもうまくいっておらず、恋人の素素(スースー)にたいしても予定はすっぽかしてばかり。重要な会談が連続しているので仕方がない側面もあるが、素素の電話を人工知能に任せ、それがまた彼女の怒りを増幅させ、すべての歯車が、分身の能力不足により狂っていく。分身は確かに本人と同じような受け答えをするが、感情は完全に抑制されており、怒り狂っている人間や悲しみにくれる人間へと寄り添うことができない。「人間そっくりな人工知能を作るとして、怒りや理不尽な行動までもを再現するべきなのか」という問いかけが本作を通して見えてくる。

六篇を紹介する──「不死病院」

続く「不死病院」は、入った患者がどんな重病であっても全快して出てくるという病院を中心としたホラー的なSF譚。「AIテーマの作品集」という事前の情報と、「どんな病気も全快する」という序盤の情報開示のあわせ技で数ページ読んだだけで、そこで何が行われているのか一瞬で理解できてしまうバグが存在する。とはいえ、不気味な病院の実態が、そこに母親が入院した息子の視点から描かれていく演出や、オチもシンプルで秀逸な作品だ。なんでそんな技術があるのにひっそりと病院やってんだよ、アホかという巨大なツッコミどころが存在するんだけど……。

六篇を紹介する──「愛の問題」

「愛の問題」はドロドロの人間関係&殺害未遂事件が展開するミステリ的な作品。人工知能業界のトーマス・エジソンともいえるような巨大な功績を残した林安(リン・アン)が何者かによって腹を刺され、植物状態へ。その場には彼と長い間口論状態にあった彼の息子と、スーパーAI執事である陳達(チェン・ダー)がいて、それまで一度も発生しなかったAIによる人類への反逆なのか──と大きな論争に発展していく。

仮にAIが犯罪を起こした場合誰が罰されるべきなのかという議論。また、AIによって育てられてきた子どもたちの反発と順応などおもしろい描写は多いのだけれども、ぐっときたのは人工知能が広く行き渡り人間は自分の情動を制御すべきだという、潔白な社会になっていることへの息苦しさの描写だ。大学入試でも情動テストの比重が高まり、大学に合格するためにみな情動調節訓練の授業に出るほど。「人の前で激情を出すことは恥ずかしいこと」「感情は安定させるべき」という価値観は年々重みを増しているように思うが、情動を完全にコントロールすることは、本当に善なのか。

六篇を紹介する──「戦車の中」「人間の島」「乾坤と亜力」

「戦車の中」は雪怪と呼ばれる総合型機械獣と機械車の一瞬の戦闘と駆け引きを描き出す、7ページの一篇。雰囲気全振りの作品で細かいところはわからないが、機械獣を人間が操縦しているか否かの情報が、「嘘をつけるのか、つけないのか」という駆け引きや戦闘パフォーマンスに変化を与えていて、小品ながらもめちゃオモシロイ。

「人間の島」は本書収録中最も大きなスケールの話で、ブラックホールを通り抜け地球型の惑星を探査して宇宙船クルーが地球に帰還してみたら、地球人は万能AIのゼウスが管理し、みながその指示を仰ぐようになっていた……というところから始まる、管理と反抗の物語。ここでも、「AIに欠けていて、人間に存在する能力と視点は何なのか」という全編を通して描き出されてきた主題がリフレインすることになる。

トリを飾る「乾坤と亜力」は、万能の神と化した世界管理AI乾坤(チェンクン)が、理不尽で「自分だけの友達になってほしい」と彼に対して語りかける子供から、人間らしい応答を学んでいく、AIの成長をテーマにした心あたたまる一篇。先日刊行された『2010年代SF傑作選』にも収録されている。

おわりに

人間の怒りや悲しみといった嘆き、激情にフォーカスを当てた作品が多くて、それはAIと対比した時に人間の特徴がそこに現れてくるからだろう。一方のAIサイドは、そうした感情的な部分を非合理的で賢明な選択を阻害するものとして切り捨てようとする。合理的でデータですべてを判断するAIに対して、人間の能力の優位性は抽象的思考力と感情を元にした揺らぎの可能性だ。そうしたAIの描き方、人間との対立のさせ方は、現代じゃなくて未来の話なんだから画一的にすぎる気もするが、現代のAI技術の延長線上で考える郝景芳の一貫したリアリティの現れでもあり、おもしろい。
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