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特殊な状況下での人を救う研究──『兵士を救え! マル珍軍事研究』

兵士を救え! マル珍軍事研究

兵士を救え! マル珍軍事研究

マル珍軍事研究という書名から、てっきり軍事研究における「そんな研究があったのかよガッハッハ」と笑い飛ばしたくなるようなヘンテコな研究の紹介だと思っていたのだけれども、読んでみたら意外や意外。ここで紹介されていくのは真面目で実用的な"人を救う"ための研究の数々であった。戦争とはいってみれば非日常なのであり、一般生活では予想もつかない特殊な危機があり、それに対処するための研究もまた特殊・珍しい領域に入り込んでいくわけだが、本書はそこを解き明かしてみせる。

非日常

「非日常」とはどういうことか。

たとえばアメリカ軍海兵隊は大量の耳栓を購入するが、軍隊の中でも特殊任務に就いた人々は従軍している間に高い確率で聴覚を損なうという。訓練でも、実際の任務でも、爆発物や大砲などものすごくおおきな音に接する機会が多いからだ。

また、簡易爆発物が埋められている地域では、踏んだが最後命もしくは足が吹き飛ばされ、その上大事な"アレ"──まあペニスだが──に損傷が加わることが多い。ペニスの回復技術、あるいはペニスの移植技術、子孫を残すことを諦めざるを得ない兵士にどういった補填や子孫を残す手段を用意するのかといった本書の記述は、珍しいものであってもとりわけ深刻なものだ。生きる意味へと直結する研究なのだから。

他にも、やむおえず海に不時着せざるをえなくなった状況で、サメから身をまもるためにはどうすればいいのか? そもそもサメは人間の何に反応するのか? を解き明かし、潜水艦環境下での睡眠不足についてであったり、あまり具体的に想像したこともない、珍しい領域で人を救う苦闘の歴史が本書にはひたすら収められていく。

著者のメアリー・ローチはズカズカとそういう領域に入り込み、時として不躾な質問を(ストライカー陸軍装甲車に乗った際、ライフル・ホルダーに向かって「カップ・ホルダーがあってよかったわ」といったり)重ねていくのだけど、そのコミカルさは訳にもよく現れていて、深刻な話が多いながらも心地よく読めるのも本書の良さだ。というわけで、以下ではもう少し具体的におもしろかった部分を紹介していこう。

殺すのではなく生かす研究

飛行機のエンジンに鳥が飛び込み、故障や事故の原因となる「バードストライク」に飛行機が耐えうるかをテストするため、ニワトリの死骸をジェット機に打ち込む「18mの砲身を持つチキン砲」の話から、本書のイントロダクションははじまる。オーバースペックのような気がするけれど、それだけの砲身がないと本来の状態を再現できないのだろう。世の中にあまり存在しない、人の命を守るための大砲である。

爆弾搭載車両の安全性試験のためには、まず精巧な衝撃テスト用の人形をつくらねばならない。何しろ車の衝突に使う人形は基本的に前面か側面からの衝撃を想定しているうえに、怪我の激しさについては僅かな差が大きな影響──生活を一変させるのか、治療できるのか、体の自由を奪うのか──を及ぼすからだ。また、それとは別に本物の死体を使ったテストも行われている。当然ながら試験体は同意者のみによって構成されており、実際に入隊することなく国に尽くす方法として受け入れられている。『どうせもういらないんだし、というのが、自分の死体に対するドナーの典型的な態度だ。最高の結果を出すためにやるべきことをやれよな、ということなのだ。』

当事者にとってはもっとも深刻な問題のひとつである爆発物を踏んだ際のペニス損傷への対処法だが、思っていたよりも多くの回復へ向けた手練手管が存在している。尿道の損傷の場合はその一部を交換し、それでもダメな場合は会陰部尿道造瘻術という、損傷部位を切除し短くなった尿道を会陰の開口部に通す技術もあるが、これをやると座ってトイレにいかないといけない。著者は「それってなにか問題があるの?」と聞いているが、男性側からすれば大問題であることはおわかりいただけると思う。

根本的になくなってしまった場合でも、まだ対処法はできる。組織拡張期を使って、会陰のなかで造ることで人工睾丸を手に入れられるし、ペニスの神経を腕の皮膚片で育て、以前と同じようにオーガニズムを誘発するようにできる。それとは別にペニスの移植という選択肢も現代ではありえるようだが──それに伴う嫌悪感、忌避感(他人のペニスがついているのもそうだし、それを使われる方も……)も相当なものだ。
wired.jp

おわりに

他にも、緊急状態下で衛生兵がいかにして適切に状況を判断し"一番危ないやつ"から対処するための特殊な訓練であったり、ウジ虫/ハエへの対処、あるいは治療への活用法、潜水艦勤務者の睡眠不足問題(現代では監視する対象が多すぎて平均四時間しかないという)に対処するための、睡眠研究などなど人を救う研究が目白押し。そのどれもが珍しくはあるものの、ないがしらにしてよいものなどひとつもない。戦争における、見過ごされがちな部分へと光を当てた良書である。