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レーションはいかにして美味くなり我々の食事を楽にしたか──『戦争がつくった現代の食卓-軍と加工食品の知られざる関係』

戦争がつくった現代の食卓-軍と加工食品の知られざる関係

戦争がつくった現代の食卓-軍と加工食品の知られざる関係

長期間に渡り作戦行動に従事する兵士にとって、食事は死活問題だ。不味ければ士気に関わり、そもそも供給されなければ戦えない。味をよくしようとして物量を増やせばただでさえ重い荷物はさらに重くなり、軍の規模が増せば増すほど供給が難しくなる。つまり戦争行動の歴史において、「より手軽に」「より軽く」「よりうまく」「よりカロリーを多く」を目指した食事が模索されるのは必然的な流れであった。

「より手軽に」「より軽く」「よりうまく」「よりカロリーを」というのはしかし兵士のためだけに求められるものではない。料理に時間をかけられない現代人の多くが直接的にしろ間接的にしろ、その恩恵を受けている。たとえば、忙しい朝の時間、冷凍加工食品によって助けられている人も多いだろう。実は、うまくてカロリーが高いものの、健康によくはない手軽な食品の基礎的な技術の多くが、民間企業の研究開発によってではなく軍による兵士用食料の為の技術開発の中で産まれたのだ。

陸軍はレーションの開発にあたって、私たちが子どもの弁当を用意するときとまったく同じ性質を追求した。持ち運びしやすく、すぐに食べられて、常温で長期保存でい、価格が手ごろで、どれほど冒険心のない人でも食べる気にさせるといった性質である。言い換えれば、私たちは自分の子どもに特殊部隊と同じような食事をさせているわけだ。

本書は、戦争と食糧供給システムの歴史をざっと洗い直し、どのような食糧科学の発展が戦争用レーションなどの食事を変え、また同時に我々の食卓を変えてきたのかを紹介する歴史兼ポピュラー・サイエンス本である。そもそも戦闘糧食の歴史などという視点がなかったのでその時点で相当おもしろいのだけれども、どのような技術的な発展が食糧の保存期間を延ばし、またうまくするのかという解説もおもしろい。

戦闘糧食の歴史

戦闘糧食の歴史の初期に目をむけると、技術的な進展は多くなかった。ローマ帝国時代の保存食としては、乾燥させたハムや、ソーセージ、調理用のラード、パンなどを持っていたようだ。兵士の数もそこまで多くはないので下級兵は二週間分の食糧を持ち運び行軍した。ちゃんとした食糧を持ち歩いているので、味に対する不満が出ることもない。そういう食糧的には牧歌的な時代がその後千年に渡って続くことになる。

事情が大きく変わり始めるのはフランス革命時である。150万からなる巨大な軍が編成され、彼らが各地へと遠征に赴くわけだが、兵站線を築かねばならない。必需品は輸送し、それ以外は現地調達せよと指令が出るが、重要な戦闘時に略奪に忙しく行方不明になる、食糧が見つからないなどの問題が発生してしまった。そこから長期の遠征のために保存が可能な缶詰の元となる技術などが生まれることになる。

およそ100年ほどかけて缶詰の技術も熟成されていくわけだが、問題は味である。1900年頃、アメリカがスペインを相手にした米西戦争では牛肉の缶詰がアメリカ軍に支給されたが、これが「見ただけで胃がむかついた」ほど不味く、匂いも不快で、食べると腹痛に苦しめられたらしい。食料保存科学はこの時代、まだまだであった。

何が起こっていたのか? どう乗り越えたのか?

どうも、加熱は充分、密閉も充分だったが、過剰な加熱と、高温で保管するうちに肉が変質し、食えたもんじゃない味になってしまったらしい。マズイだけならまだしもさすがに食っただけで腹痛に苦しめられるような物ではやっていけないので、第一次世界大戦、第二次世界大戦を通じて様々な技術開発が行われていくことになる。

そのための革命的な技術のひとつが、フリーズドライである。この技術が発明されるまでは、有機物から水分を除去するにはゆっくりと自然乾燥させるか一気に加熱させるかしかなく、どちらにしても組織が変化してしまっていた。つまり、極端にまずくなる。しかし、1.一度材料を凍結点以下まで凍らせる。2.気圧を急激に下げることで真空状態にし、水分子の結合を解除すると凍結した物質から水分が除去される。 という二段階方式で組織を変化させずに水分を除去することが可能になった。

とはいえこれだけではダメだ。肉や野菜はこれだと、材料の亀裂から揮発性化合物もでていって味が落ちてしまったのだ。しかしそれで諦める軍ではない。腐敗や病気を引き起こす原因を「水分活性の度合いにあり」と特定し、保存食としてなら「水分を完全に抜く必要はない」ことが明らかになり、「軟らかくて水分はあるが、長期間常温で保存できる」中間水分食品の開発が可能になり──と技術発展は続いていく。

めちゃくちゃ転用されている。

本書ではそうした幾つもの食糧保存における技術の進展が紹介されていくわけだが、驚くべきはその民間への転用されっぷり。たとえば袋入りの洗浄済みサラダ用野菜で用いられているガス置換包装は、陸軍の研究から生まれたものであるし、ジュースの多くは陸軍が主導して開発した、高圧加工により非加熱殺菌の技術が使われている。

著者は、加工食品の多くが軍主導でもたらされた技術によって成立していることについて、単に否定的な立場というわけではない。そのおかげで我々は美味しく、手軽に食事をとることができる。しかし一方で、食品科学と食品技術の基礎研究を軍が支配しているという恐怖や危険性もある。たとえば大きなカロリー消費を伴う兵士は高カロリー食品が必要になるのは当然だが、一般的な人々はそうではないのだから。

現代人の多くは身体活動と縁が遠くなりつつあり、さらには味が良くカロリーの高い食物をより健康的な食物と比較して安価に提供されることが肥満に繋がっている。加工食品だけの問題ではないが、全世界的に肥満者は増加しており、太れば太るほど健康に対するリスクは増大していくのだから軍向けの「より手軽に」「より軽く」「よりうまく」「よりカロリーを」の流れを切り替えなければいけないのは自明である。

おわりに

本書はそうした事態について対処法を述べる本ではないけれども、少なくともその来歴と、軍と食品の関係性についてきちんと調べ記載されている一冊だ。ちなみに、人間が生物学的にどうしてこれほどまでに簡単に太ってしまうのかについては、みすず書房の『人はなぜ太りやすいのか』を参照されたし。近日中に僕も記事を書きます。

人はなぜ太りやすいのか――肥満の進化生物学

人はなぜ太りやすいのか――肥満の進化生物学

  • 作者: マイケル・L・パワー,ジェイ・シュルキン,山本太郎
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2017/07/19
  • メディア: 単行本
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