- 作者: 長谷敏司
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2016/06/24
- メディア: Kindle版
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一巻ではストライクフォールという競技と物語の登場人物の基礎が描かれ、二巻でこの世界の成立背景の一端が明らかになり、三巻でストライクフォールという競技の醍醐味を思う存分最初から最後まで描ききってみせたこのシリーズ。ここから先はあまり重要部分のネタバレしないように三巻までの魅力を紹介していくつもりだが、まず最初にただひとついうべきことがあるとすれば、"クッソおもしろいので、とりあえず最低でも二巻、できれば三巻まで読んでくれ!!"ということのみである。
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どのような社会ならロボットバトルが興行として成立するのか
物語の舞台となるのは《宇宙の王》を名乗る異邦人が万能の泥をもたらし、人類はそれを加工することで人工重力やエネルギー遮蔽技術といった超技術を手に入れるようになった未来。人工重力によって人類は宇宙へと進出し、宇宙は人類の経済圏の中に組み込まれた。その結果として、初の宇宙戦争、太陽系大戦が巻き起こる──。
太陽系大戦とは、そうして巨大化した宇宙経済の中心を、地球に置くか、宇宙植民地に置くかという争いだった。つまり、経済を巻き込んだ総力戦だった。地球を通信とする宇宙国際連盟と、木星を中心に宇宙植民地に支持を広げた自由人類同盟は、五年の戦争と二億人の犠牲者を出したすえに歴史的な和平を行った。《宇宙の王》の最後の遺産である太陽系大障壁によって太陽系が封鎖され、それどころではなくなったのだ。*1
書名の"ストライクフォール"とは、そうした太陽系大戦が"いったんは"和平へと向かい、その代替手段として生まれた「擬似戦争としてのスポーツ」の名前である。このスポーツでは、競技者は身長だいたい6メートルほどの人型ロボット/アーマーに乗り込み、15人でチームを組んで先にリーダー機を破壊したほうが勝ちになる。操縦方法は、搭乗者の中枢神経の信号を読み取って第二の肉体として機能させる。
銃も剣もレーザーも、あらゆる武器の使用が許可されており、人が死ぬケースも絶えない。また、異邦人からのテクノロジーがもたらされたとはいえ、宇宙に物を運び、技術開発をし、と巨大なメカ・バトルの興行を成立させるためには莫大な"パワー"が背景に必要とされる。『この試合と興行を成り立たせているのは、莫大な資金力とインフラだ。それを運営する途方もないパワー同士の衝突が、常に背景にある。』
一巻を読んだだけでは把握しきれなかった点のひとつが、この物語が「メカバトルの競技」だけではなく、それを成立させている歴史的背景、国家間のぶつかり合いまで含めている点だ。ストライクフォールはスポーツとはいえまだそこには戦争の影が色濃く残っている。戦争を競技の形に押し込めることにより、戦争技術を開発し、軍からきているチームはストライクフォールを一時の"遊び"と捉えている。戦争とほぼ一体化したスポーツ。だが、物語の主人公たる鷹森雄星は、それまで誰も成し遂げられなかった"慣性制御"の技術を持ってストライクフォールのプロチーム入りし、あくまでもストライクフォールを"スポーツ"に留めるために戦うことになる。
幾人もの人間が非業の死を遂げてきた。彼自身が脅されたことや、命を狙われたことも数え切れない。おびただしい血と利害のバランスによって、ストライクフォールという競技は光のあたる場所でスポーツとしていられる。
ストライクフォールが単なる遊び、楽しい競技であれば世界は平和だろう。しかしそれはあくまでも物事の一側面にすぎない。異邦人の泥、鷹森雄星が見出した慣性制御技術、新しい技術の影には必ず不利益をこうむる人がいる。『夢を見るのは、いい気持ちでしょう。でも、その夢のせいでうまれたひどい現実は、関係ない人間にも押しつけられてしまうんですよ。』人工重力の技術は人類を宇宙に広げたが、その代わりに生まれ始めていた宇宙の産業は吹き飛んだ。宇宙は一度に奪い合いの場になった。
慣性制御技術はストライクフォールの競技としての性質を一変させた。三次元空間を飛び回るストライクフォールは、速度と軌道のスポーツだ。もともとは、直角に曲がることはできないから、軌道を考え、最適な軌道変更をすることでお互いの行動予測技術を競い合いながら行うチームプレイだった。だが、慣性制御が可能ならば、直角に曲がればいい。それまでのストライクフォールにおける常識はすべて破壊される。
雄星のヘルメット内ディスプレイには、ストライクフォールの常識をひっくり返す軌道図が現出していた。あらゆる物体の運動には慣性力がかかるから、方向転換しようと力をかけると、新しくかけた力との合力になり、進路は円弧を描くことになる。《クエスター・アサルト》は、その円弧に接する線を引くように直線でショートカットできる。同じ推力で追いかけっこをすれば、最短距離をとれる慣性制御機が必ず勝つ。
ストライクフォールの外に目を向けても、慣性制御で輸送日程が大幅に短縮できるようになり、地球と宇宙をつなぐ港として機能していた月の役割がなくなるなど、ひとつの天体の価値を左右するほどの革命的な事象なのである。そして、圧倒的な変化の前には、勝ち組と負け組が生まれてしまう。鷹森雄星が巻き込まれるのはそうした宇宙勢力間のパワーゲームであり、このシリーズではストライクフォールが成立する背景にある、経済、政治、国家といった"社会"まで含めて描いていくことになる。
慣性制御技術が一変させたストライクフォール
というのに加え、もちろんこれはストライクフォールという競技についての物語でもある。それが最もよく現れているのが三巻で、いかにして慣性制御技術でスポーツとしての性質が変ったのか、誰もが直角に曲がって向かってくるかもしれない宇宙空間フィールド上で、あらたにどのような戦術が考えられるのか。古い時代のリーダー、戦術はもはや通用しないのか、といった架空スポーツの戦術、戦略といった前提となる部分を綿密に描いた上で、かなりの長尺で競技をまるっと一戦描ききってみせる。
ここでおもしろいのがストライクフォールが15vs15という、サッカーよりも大人数を動員するチーム戦だというところで、ひとりのエースの力よりもチームとしてどのように戦うのかと言った総合力の勝負になってくる。鷹森雄星は特別な力を持った選手で、めちゃくちゃ活躍もするのだが、勝負を分けるのは戦術、戦法、リーダの統率力で、存分に"チーム戦"としてのおもしろさを描いているのがやっぱスゴイ。いったいどのような人物が"強い"リーダなのかという描き方が、また素晴らしいんだよね。
おわりに
"ストライクフォール世界"の背景が明かされる一、二巻。慣性制御技術時代の新しい戦術の数々、そしてそれを根底から覆す圧倒的なパワーといったいくつもの驚きを一試合の中に詰め込んだ三巻。そこまで読んだら最後、もうこのシリーズにぞっこん惚れ込んでいるだろう。
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*1:3巻より