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どこまでもくだらない短編集──『超動く家にて 宮内悠介短編集』

超動く家にて 宮内悠介短編集 (創元日本SF叢書)

超動く家にて 宮内悠介短編集 (創元日本SF叢書)

宮内悠介というのは不思議な作家で書く作品書く作品別人が書いているんじゃないかと思うほど文体も違えば題材も違い、シリアスからバカ話まで幅が広い。「これを書いている人には中心となる自分というものがないのではないか」と思うこともあるが基本的に自由で無軌道でいられる能力というか特性があるのではないかとも思う。

そんな宮内悠介の、くだらない方にふりきれた作品が中心となって集められた短編集がこの『超動く家にて 宮内悠介短編集』である。著者によるあとがきいわく、デビュー作である『盤上の夜』がまとまりかけていた時に、作品がシリアスすぎてこのままでは洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまうのではないかと心配し、『深刻に、ぼくはくだらない話を書く必要に迫られていた。』という。まず何がくだらない・バカげているって、その書名/短篇タイトルだけれども、中身はもっと凄い。

凄いが、それは「読む意味がない」くだらなさなどではない(そもそも「自選短編集」であってくだらなくない題材の作品も普通に含まれているのだけれども)。読んでいて思わず笑いがこみ上げてきて、よくも次々とこんな方向性が異なるものを発想したよな、よくもそんなものを発想しただけではなくてディティールを積み上げ短編一本分にまとめあげたよな──と感心/感動してしまうたぐいのくだらなさである。

そのうえ、読んでいくうちに「くだらなさ」にも様々な方向性と深みといったものがあるんだなあということがわかってくるのであった。ようはだいぶんおもしろい。

いくらか収録作を紹介する

最初に収録されているのは、夢枕獏を読んでいるような熱いバトルもの──ただし広告のせいで分厚い雑誌『トランジスタ技術』をいかにして圧縮して本棚にしまいやすくするかという馬鹿げたルールの競技を描く「トランジスタ技術の圧縮」。次は書いた当時円城塔を研究し『もやしもん』を読んでいたという、それが全てのような文体と題材の「文学部のこと」は偽文学部青春短編で、どちらも非常にバカである。

ミステリ系バカ話も素晴らしく、「法則」はヴァン・ダインの二十の法則が、現実に履行されてしまっている奇妙でメタ的な世界を真面目に描き(自尊心のある作家なら、次のような手法は避けるべきであるとして20の法則が列挙されている。たとえば替え玉によるアリバイ工作、犯人を端役の使用人にするなど。つまりこの世界では端役の使用人は凝った殺人は起こせないことになる)、表題作である「超動く家にて」は、野崎まどが書いていてもおかしくないような内容で、マニ車を模してぐるぐる回る不可思議な密室で起きた殺人事件を、叙述トリック込み込みで展開もグルングルン超速回転していくので、読んでいるうちにめまいがしてくるようなアホ短編だ。

また、「エラリー・クイーン数」は、”エラリー・クイーン数”という、『トリックやアイデアにおける結びつきにおいて、アメリカの推理作家であるエラリー・クイーンにどれだけ近いかを表す概念である。』とする架空の単語に関する記述がところどころ怪しいWikipediaを模した短編で、まあ発想も中身もたいへんバカですね。

一方で正気度を少し上げると、アデニア語という、消えゆく言語を生きながらえさせるために生み出された物語を生成する”人形”がたどり着く境地を描く「アニマとエーファ」は物語の自動生成が進んだ未来を描く傑作だし、囲碁AIとそこへ挑む棋士の双方を”レガシー”という観点から切り取った「エターナル・レガシー」もド真面目におもしろい。個人的な偏愛でいうと、とある家庭で日付が進む前に勝手にめくられていた日めくりは誰が、なぜめくったのかをめぐる「今日泥棒」はそのとぼけた真相と家族のやりとりが素晴らしくなんてことのない短編なのだがぐっときてしまった。

他にもおもしろい作品はたくさんあるのだけれども、内容を紹介して最初にズッコける機会を奪いたくもないので最後にひとつだけ、個人的にタイトルが凄いで賞を上げたいのは「クローム再襲撃」。いわずもがな、ギブスンの「クローム襲撃」と村上春樹の「パン屋再襲撃」を合わせた作品で──”いや、そもそも合わせたって何?”とまず思うのだけれども、なにはともあれ合わせた作品なのである。鬼才宮内悠介の手によって、村上春樹的文体でギブスンっぽい電脳世界が組み立てられていく──!

その晩、つまりクロームを襲ったあの夜が暑かったかどうか、僕はいまもって確信が持てない。おそらくそれは、暑いとか暑くないとかいう基準で推しはかることのでいない問題だったのだろう。なにはともあれ、僕は相棒のボビイのロフトで、明確な意図を持ってクロームを襲った──ということになる。

最初は意外とありかも? と思っていたけれども読んでみると「おもっていたよりもずいぶん食い合わせがわりぃなあ……」という感じだった。いまだつくったことのない創作料理をつくろうとして出てきた料理と言った感じだ(不味いわけではない)。

おわりに

バカだアホだといってきたけれども、実態としてはバカだったりアホだったりといったことを真剣に追求しており、ドシリアスであるともいえる。正直、『盤上の夜』からしてシリアスとはいうもののその中には底抜けにバカなことをして/状況においてやろうとするユーモアがあり、”わかりやすい形で表に出てくるのはどちらか”という差はあるにしても著者の作品においてはシリアスとバカは表裏一体紙一重、ほとんど同化しているのではないかとも思う(『エクソダス症候群』とか重いけどね)。

何にせよフリースタイルな宮内悠介さんの良さが存分に詰め込まれた短編集なのでぜひどうぞ。初宮内悠介としてもオススメ。本書が気に入った人は野崎まどの独創短編シリーズもいいぞ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

独創短編シリーズ 野崎まど劇場 (電撃文庫)

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