基本読書

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なぜ、宇宙を目指したのか?──『天空の矢はどこへ? Where is the Sky Arrow?』

細胞を入れ替えることによって人間が寿命による死を乗り越え、人間とは容易に見分けのつかないウォーカロンと呼ばれる存在が社会でその数を増しつつある未来を舞台にした森博嗣さんのWシリーズ最新刊にして9作目。いったん次が区切りのようだ。

毎度毎度おもしろくてしょうがないが、今回はお互いの陣地としてのネットワーク領域を拡張しつつのトランスファvsトランスファ(か、もしくはそれに類する何か)の特殊戦略/戦闘や、視線の動きに反応して動作するモニタのニュース・ウィンドウ、小型ドローンの運用、そしてついに舞台が宇宙へ──といった感じでガジェット的にもシチュエーション的にもたいへん楽しませてもらった。ついに宇宙ですよ! 

情報戦のおもしろさ

いったん成層圏外に飛び出て目的地まで飛行していくタイプの旅客機が突如として行方不明になったニュースから物語は始まり、その後いつものようにハギリ博士が日々を過ごしていると、国内のウォーカロン・メーカであるイシカワで起こったテロにアドバイザー的な現地参戦を求められることになる。武器を持った集団に工場と研究所が占拠され、大勢が人質になっているようだが、どのような手段で実行され、どのような目的でなされたのか。中で今何が起こっているのか、一切が不明である。

ここの情報戦がもう素晴らしいの一言。ウォーカロン・メーカはセキュリティのためにもネットワークが完全に遮断されており、情報局の秘密兵器的なトランスファであるデボラであっても内部の状況は伺いしれない。スーパ・コンピュータであっても確かなことなど何も言えない。状況を確かめ何らかの手をうつためにもまずは情報をいかに集めるのか──で話が展開する。30体のロボット部隊や超小型のセンサを突入させるが一切帰還せず、何らかの武装勢力が内部に潜んでいることが示唆される。

中に何がいるかわからない以上、向こうにもデボラと同じような電子空間上に存在する知能生命体であるトランスファが存在することを想定しなければならない。そうなってくると、対抗するためにもトランスファと一緒に突入しなければならないが、自軍トランスファ用のケーブルを守りながら進行する場合、向こうもその重要性は承知の上だから優先的にケーブルを狙ってくるだろうし、無線でやれば通信機が狙われるだろう──とお互いの予測を予測したうえで膠着していく状態をどう動かしていくのか、といった思考戦闘のおもしろさがある(この巻だけではなく、シリーズ通して)。

ケーブルを引いて有線で進行したり、ロボットのように見える重武装の大型ウォーカロンを用いたり、失敗を重ねつつも最終的にはハギリの言い分が通り、ホーネットと呼ばれる小型のドローンなどを用いて、内部へとネット(&デボラ)を引き込む作戦が実施されることになる。このへんはもう、未来世代のテロ制圧戦って感じで、そのテクニカルな描写の数々にぎゅんぎゅんくるポイントだ。まったく素晴らしい。

宇宙へ

さて、物語の後半はいよいよ行方不明になっていた旅客機の謎も明らかとなり、舞台が地上から宇宙へと切り替わっていくわけだが、この記事でそこまで触れるのはやめておこう。なぜ、彼女は宇宙を目指したのだろうか? ウォーカロンと人間、人間と人工知能、それぞれに差異があるという仮説&それを測定するハギリによってもたらされた技術によって始まったこのシリーズだが、物語が終わりを迎えようとしている今、その差異は少なく、あるいは無になろうとしている。そういった観点からも非常に印象的/象徴的なシーンが多く、また「その先へ」の発想も披露され、最終作である次作も、その次に語られるであろう物語も、ますます楽しみになるばかりだ。

シリーズの総括を書くのが今から楽しみだなあ。

シリーズ第1作

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シリーズ第8作目(前巻)

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