基本読書

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身体が発火する感染症が蔓延した炎と灰の終末世界──『ファイアマン』

ファイアマン (上) (小学館文庫 ヒ 1-7)

ファイアマン (上) (小学館文庫 ヒ 1-7)

ファイアマン (下) (小学館文庫 ヒ 1-8)

ファイアマン (下) (小学館文庫 ヒ 1-8)

『20世紀の幽霊たち』などのホラーで知られるジョー・ヒル最新刊は感染することで皮膚に鱗模様が現れ、身体が発火し灰となって死ぬ奇病が蔓延した世界で、感染者たちの逃走劇&果てしない内輪もめを描く炎と灰の終末SFサバイバルである。

上下巻の1200ページ超えな上に台詞や笑い狙いのやり取りなどが冗長なせいでさすがにダレるわと思うものの、世界で流行っている終末物の中でもさすがにネタが斬新で、それに伴って立ち現れる光景も特異なものになっており、たいそうおもしろい作品ではある。ぐいぐい引っ張っていくストーリーテリングの技法などはさすがに父親であるスティーヴン・キングゆずりか。本書の冒頭にも「インスピレーション──」として、JKローリングやレイ・ブラッドベリに並んで『わが父──題名以外のすべてを盗んだ』と書いてあってカッコいいんだよね。いやほんとすごい親子ですわな。

ざっと紹介する。

個人的な事情だが記事を書くのが久しぶりなので、勘を取り戻すようにしてざっくりと紹介を書いていこう。物語の舞台は先に書いたように感染することで身体が燃え上がる奇病──鱗のようなものが身体に現れることから〈竜鱗病〉(ドラゴンスケール)と呼ばれている──が蔓延した世界で、当初はどのような経路で感染するのかもわからなかったことから感染が拡大し、一気に世界は終末的状況へと移行していく。

自分がただ死んで、感染するならまだそれだけで終わるからいいが、この病の場合「燃え上がる」、加えてその時がくるまでは正常な人間と体調的には特に変わらないので、建物や森などで死んだ時の被害の広まり方が半端ではない。そんな竜鱗病に対して、当初は感染を免れ普通に生活していた看護師のハーパーだが、ついに自身も感染してしまう。そのうえ死を受け入れずに、妊娠したばかりで子供を産むまで生き延びてみせると宣言したばっかりに、自分も感染しているに違いないと信じ気が狂いかけていた夫に命を狙われることに。腕力に劣り、銃を持っている夫に襲われた彼女を助けたのは──以前看護師時代に出会っていた一人の男、消防服を着込み炎を操る消防士〈ファイアマン〉だった──! といったところで第一部が終わる。燃えるぜ!

終わりなき内輪のゴタゴタ

ヒーロー物では敵、あるいは悪魔の力を取り入れて強くなるヒーローの存在がお約束だが、ファイアマンもそんな系譜の一人といえる。とはいえ、ファイアマンは人助けことしているものの、この話はそこがメインというわけではないのだが。助けられたのち、ハーパーは迫害を受け抹殺されかかっている竜鱗病の患者たちを集めたキャンプ地へと赴くことになり、未感染者たちとの(不本意なものも含む)戦い、本来数ヶ月ほどで死に至るはずの自分たちの病気をコントロールし、死を回避し新しい能力をみにつけるための努力、あるいは終わりなき内輪のゴタゴタに邁進していくのだ。

 ファーザー・ストーリーが口から石をぽんと出して、いった。「竜鱗といっても、火をつくる道具という点ではほかと変わりがないんだよ、グレイスン看護師。熾した火でどこかを焼き払うこともできれば……よりよい世界へ通じる道を照らす灯火にもできる。キャンプ・ウィンダムでは、人体の自然発火で死ぬ者はいないんだ」

またこの迫害された者達の組織におけるごたごたというのが長くてグダっているのではあるが、でも人間の組織って大体こんな感じでグダグダになるよねという意味でのリアルさではある。しかも、設定的に竜鱗病に感染した人々は自らの健康を守るために集団行動を活発化させ、集団思考を求めるようになるという設定もあり、集団の愚かさ、集団となった時の思考停止具合を描写することもテーマの一つなのだろう。

たとえば、誰かが物を盗めば犯人探しに邁進し、組織の規則を守る守らないでまた揉める。権力者が自分の意のままに組織を動かそうとし、それに反発するものが内部で反撃の芽を育て始める。集団として行動するうちに善悪の基準すらもブレていき、組織として暴走していく。通常この手の終末物だと主人公は正義、あるいは非感染者サイドにいることが多いと思うが、本作の場合ガッツリ感染者側&グダグダしているうちに悪、略奪者の側へと堕ちていく組織を内部から描いている点でも新鮮といえる。

さあ、ただでさえ非感染者からその存在を抹消されそうな竜鱗病の人々は生き延びることができるのか! そしてそんな危機的状況化で尚内輪もめを繰り返す組織にやってきてしまったハーパーは無事子供を産むことができるのか! 

竜鱗病の科学的な描写

最初はその感染経路すらわからなかった竜鱗病が、話が進むうちに科学的な裏付けが得られていく点もSFとしておもしろい。たとえば、この病は死んだ人間の灰に含まれる菌によって拡散していることが判明し、その後肺にコロニーをつくって脳へと到達するという。感染期間の短い子供は静脈洞内部および大脳皮質周辺に胞子が見られるだけだったが、感染期間がずっと長いファイアマンの一人は、言語野の一つであるウェルニッケ野にまで入り込んでいるなど、ファイアやマンのように作中でいくつか存在する超常現象じみた能力にある程度科学的な裏付けを与えていくのである。

おわりに

最初読み始めた時の予想──ファイアマンがその能力を駆使して悪をばったばったとなぎ倒し、なんかよくわからんけど竜鱗病たちのユートピアみたいなのを作る──みたいなことにはまったくならなかったけれども、落とし所としてはこれはこれでといった感じだ。徹底的な破壊と死をもたらしもすれば大きな利益をもたらしもする炎や灰が持っている象徴的な意味の強さをこれでもかというぐらいに叩き込み、世界が炎と灰によって満ちていく──そういった象徴やイメージも素晴らしい一冊である。