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映画の空間をその手に──『空想映画地図[シネマップ] 名作の世界をめぐる冒険』

空想映画地図[シネマップ] 名作の世界をめぐる冒険

空想映画地図[シネマップ] 名作の世界をめぐる冒険

  • 作者: A.D.ジェイムソン,アンドリュー・デグラフ
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2018/06/25
  • メディア: 単行本
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ほとんどの映画で登場人物たちはあっちこっちに移動する。そして最終的にはどこかにたどり着いて目的を達成したり達成しなかったりして終わるわけだが、本書『空想映画地図[シネマップ] 名作の世界をめぐる冒険』は、映画で登場人物たちが動く軌跡を色付きの線として表現した、一つの映画作品全体の”地図”を集めた一冊になる。

描き手はフリーのイラストレーターだったアンドリュー・デグラフ。彼はもともと子どものころ大好きだった地図と映画をひとつに結合してみたらどうだろうと思い達、映画に出てくる風景を繋ぎ合わせ地図に仕立て上げていたが、これが周囲の人間に好評で、あれよあれよというまに何十作もの映画を地図化し、こうやって一冊の本にまでなったわけだ。取り上げられている作品としては20世紀の名作が多めの35作品。

1927年公開の『メトロポリス』から始まって、『ジョーズ』やスター・ウォーズ初期三部作、『エイリアン』に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など「おお!」と思わず身を乗り出してしまいそうな作品が揃っている。新し目の作品としては、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作、『スター・トレック』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』もちゃんとある。

フィルムアート社のサイトには本書の中の地図が何点か公開されているので引用してみよう。たとえば『ジョーズ』では下記のように舞台となる町、登場人物(色分けされている)の軌跡が俯瞰で捉えられており、本をぱらぱらめくるだけで登場人物たちの近くに寄り添ったカメラとは別視点から映画を観返していくような興奮がある。
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filmart.co.jp
ジョーズなんかは海にはもぐるけど地下にはもぐったりしないために比較的素直な地図になっているが、映画というのは地図を作りやすいように撮って編集してくれるわけではないから(当たり前だ)、物によってはこうした俯瞰地図にすることが物凄く困難な作品、登場人物が無軌道すぎ、地下に潜ったり出たりを繰り返しすぎて、その軌跡を描きづらいものもある。だが、そんな映画でも著者は決して日和らずに時に現場検証におもむき、時に何度も映画を見直して、果敢に地図を構築していくのである。

 地図作りは長時間を要する重労働だ。ひとつを仕上げるのに、数週間、数カ月もかかる。本書の中でも特に『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の地図はものすごく複雑で、完成までに1000時間を要した。新しい地図に取り組む際には、その映画を少なくとも20回は観るし、ときにはそれが50回になることもある。地図作りをしている何週間もの間、題材の映画が四六時中、僕の生活の背景にある。

特に本書の中でも最大の大きさを誇る『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の絵は圧巻で、思わず添えられている文章も読まずにしばらくじっと見つめてしまったぐらいだ。(完全に余談。現在イギリスのオックスフォードではトールキンの小さい展示会が行われていて、先日たまたまオックスフォードに居た時に覗いてきたのだけれども直筆の手紙や、ガンダルフの名前が決まらずに苦労している手書き原稿の苦闘などがいっぱい残っていて「トールキンも人間なんだなあ」と感慨深いものがあった)

そもそも『ロード・オブ・ザ・リング』の中つ国って著者であるトールキン自身が描いた地図が残ってるでしょ? と最初は疑問に思っていたんだけれども、実は著者が書いた地図はトールキンの描いた物とは異なっている。なぜなら彼が再現しているのは小説版の地図ではなく、ピーター・ジャクソンによってつくられた映画版ならではの中つ国だからだ! 『そこで僕はトールキン版による地図の孤立した囲いを取り除き、すべてをより統合された地形として扱い、より低いアングルから北西を眺望する形でこの地図を描くことにした。この方がずっと面白い。』とはいえ、こういうケースは例外だ(ほとんどの映画作品の原作には手書きの地図なんかないからだ)。

地図だけでなく文章もおもしろい。

読む前は最初から最後まで地図で埋め尽くされているんだろうなと思っていたのだけれども、読み始めてすぐに気がつく。思いのほか文字量が多い。著者自身、普通のアートブックにも映画本にもしたくなく、その両面が少しずつ入ったものになればいいなぁと思っていたとまえがきで語っているが、まさにその願いを叶えるように文章法や映画額を教えていたA.D.ジェイムソンが各作品について詳細な解説を寄せている。

公開当時の時代背景の話、監督や原作の裏話、歴史、映画の見所、映画技法の解説、他作品との絡み、監督の作品群の中でそれがどのようなものとして位置づけられるのか──とどれをとっても抜群に質も熱量も文章が並んでおり、この文章だけでも十分に一冊の映画評本として楽しめるぐらいだ(中心軸が欠けるのがちと惜しいが)。

ただ、そうであるが故に(欲張りかもしれないが)地図と解説のが分離しているケースも多く、あんまり文章と地図がセットになっている意味を感じない本でもある。イラストについてA.D.ジェイムソンがコメントしたり、映画が撮られた土地やデザインについて触れることも多々あるので、完全な分離というわけではないのだが。

おわりに

と、ちとケチもつけたが贅沢な本である。ジャングルがあれば地下世界も宇宙もあり(ギャラクシ〜などどう地図に落とし込んでいるのかも見もの)、作品ごとにまったく違った空想地図をみせてくれる、唯一無二の映画ガイドにしてアートブックだ。取り上げられている映画を観ていなくとも、解説が充実している&地図があるので特に問題なく楽しめるだろう。僕も半分ぐらいしか観てないけどめちゃくちゃ楽しかった。