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ロケットエンジンの基礎が概観できる最高の一冊──『宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来』

宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来 (中公新書)

宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来 (中公新書)

中公新書は『小惑星探査機はやぶさ』や『NASA─宇宙開発の60年』など、素晴らしい宇宙開発系の本を何冊か出している信頼感ある新書なのだけれども、本書『宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来』も素晴らしい一冊だ。

ロケットエンジンの基本原理から始まり、イオンエンジンって何? 固体と液体の推進剤の違いってなんなの? どれだけ速度が出れば地球を脱出できるの? といった基本から、スペースXが挑戦していることの凄さ、スイングバイはどのような原理か、はやぶさがかつて達成したこと、今実際に任務についているはやぶさ2の仕様──といったことを、じっくり丁寧に、「電気の力とは何か?」といった基礎から教えてくれる一冊だ。著者は「はやぶさ」の帰還ミッションに関わり、世界初の小型イオンエンジンを実用化させた研究者で、実体験の記述の数々にも胸躍る。

ある質量を運ぶ時にどれほどの推進力が必要なのか、それをどう生み出すのか。惑星の軌道についてなど、理屈をしっかりと教えてくれるので、これを一冊読むことで、大雑把にいえば誰でも自分だけの宇宙計画を立てることができるようになる。たとえば、6人の宇宙飛行士が火星での滞在ミッションをするとしたら酸素と食料の分量と質量を計算し、実験器具や何やかやの重量を算出して、重さがわかったらあとは計算でどれだけのロケットエンジンが必要なのか割り出せるようになるからだ。

ロケットの基本原理

本書の構成としては、まず人工衛星の話からはじまって、それを打ち上げるための推進力の話へと進んでいく。ロケット推進の原理自体は物凄く簡単で、積み込んだモノを投げることで本体が進むというだけだ。電池が連結されたようなものを想像し、下に積まれた電池から順番に秒速2キロメートルで投げると、本体の方はその力を受けることで反対側に進む。これがよく宇宙ロケットの打ち上げでみる光景だ。

「宇宙開発の父」と呼ばれるコンスタンチン・ツィオルコフスキーはこのシンプルな「モノを投げると反対側に飛ぶ」関係性を算出する公式を作り上げたが、難しい部分はなく、塊を投げる速さ、本体の重さから最終的な速度が簡単に算出できる。たとえば、人工衛星になるために必要な地球の高度に到達するためには秒速7.7キロメートルが必要になる。7.7キロメートルを得るためにこの公式を用いて計算すると、排気速度が秒速2キロ、かつ最終的に宇宙に運搬する質量が1キロならば、別途55個分の塊を秒速2キロでぽんぽんと投げつづけると、達成できることがわかる。先に書いたようによくロケットの打ち上げで使い終わった推進剤を切り離していくが、なぜあんな勿体無いことをするのかといえば、燃料容器やエンジン自体が重さを持っていることで加速する際の負担となるので、切り離すことで軽量化しているのだ。

さぁ、とはいえ簡単に物を秒速2キロで投げられるものでもない。ロケット推進は先に書いたように基本的にモノを投げて進む力なので、重いものを遅い速度で投げるか、軽いものを速く連続して投げるかなど選択肢が複数あり、その後も「モノを投げる」を化学エネルギーで実現するのか電気エネルギーで実現するのか、化学エネルギーで実現する場合は固体か液体かなど無数の条件に枝分かれする(それぞれの利点と欠点がある)。本書ではそのへんのち外もコンパクトにまとめていくことになる。

電気推進エンジン

本書では次に、はやぶさが採用していたイオンエンジン(電気推進)の仕組みを、「電気の力」とは何か? といったところから解説し、その後は木星、金星、火星探査を行う時に具体的にどのような計算・準備が必要なのか、外惑星探査および太陽系外に飛び出すには──とどんどん遠くを目指す形でエンジンの検討を重ねていく。特にイオンエンジン周りは著者が実際に研究として取り組んでいるところでもあり、魅力的にその理屈が語られている。電気で推進して飛んでくんだから凄いよなあ。

言うまでもなく広い宇宙で目的地にたどり着くためには大量の加速が必要になる。打ち上げ、そのまま真っすぐどこかへ向かっていくのならそこまで困難ではないが、小惑星まで行って返ってくるような「はやぶさ」のミッションでは一度着陸してまた出発しないといけなくて、そのために必要な推進剤は先のロケット式では莫大な量になる。そこで重要になってくるのが、化学エネルギーほどには推進剤を必要とせず、電気でプラズマを生成しイオンを噴出することで推進力を得るイオンエンジンなのだ。

これは、無論化学エネルギーほどの加速は得られないが、比較的少ない燃料で長時間動作させられるので人工衛星や探査機のエンジンとしてはうってつけなのだ。

おわりに

その後も、有人火星探査をするとしたら──と仮定したのざっくりとした試算など、ロケットエンジンの話だけではなく「宇宙探査」についての科学話が山盛りだ。

 ここからは惑星間航行に必要な推進剤の話だ。最初に触れたように、地球低軌道から出発して火星周回軌道から往復航行するには、合計で秒速8キロメートルの増速が必要であり、宇宙船68トンをそれだけ加速させなければいけない。そのためにはロケットエンジン、そして推進剤が必要である。エンジンには、現在の宇宙産業における主力推進剤であるヒドラジンを使った化学推進を想定し、排気速度を秒速3・0キロとしよう。ロケット公式を使えば、秒速8キロの速さを得るには、運びたい物の14倍強の喪失料が必要だとわかる(68☓14で952トン)。

スペースX当然のように宇宙旅行を計画し、「剛力月に行く予定なし」というニュースが世を賑わせる昨今。「宇宙はどこまで行けるか」や「有人火星探査」の現実的な検討は、もはや夢物語ではなく、もう手が届くところにきている。本書は、基本的にはロケットエンジンについての一冊ではあるが、エンジンは宇宙開発の礎ともいうべき部分であり、本書を読むことで、いよいよ宇宙が我々の手の中に入ってきたのだな(少なくとも、過去との相対的な比較でいえば)という実感を強くすることになった。

これから先もまだまだ人類は宇宙に進出するし、その何十倍もの探査機が宇宙に向かって射出されていく。そうした時に、本書の知識があれば、その興奮やリアル感は段違いになるはずだ。「宇宙好き」だけの物にさせておくには勿体無い一冊である。