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異世界からの”帰還後に”苦悩を抱き続ける少女たち──『不思議の国の少女たち』

不思議の国の少女たち (創元推理文庫)

不思議の国の少女たち (創元推理文庫)

『不思議の国の少女たち』とは不思議な題名だが、読み始めてすぐに納得がいった。これは「不思議の国」や「ナルニア国」といったファンタジックな世界から”帰還した後”の少年少女たちが集まる全寮制の学校での物語なのだ。子供たちは異世界で大冒険を成し遂げた後、さまざまな理由によって元の世界へと帰還する。そして、その時の経験を大人たちに語るが、まずもってその内容が正しく理解されることはない。

大人からすればそれは子供にありがちな幻想的な誇大妄想、あるいは何らかの理由によって家出した時の、精神的トラウマによるショック症状にしか捉えられないからだ。そうした子供たちを救うために、学校は存在する。『入学するかもしれない子どもたちにとって、その場に座ったまま、世界じゅうで──少なくともこの世界じゅうで──いちばん大切な人々から、自分の記憶を妄想と、体験したことを幻想と、人生を治りにくい病気のようなものと切り捨てられるのはつらすぎるだろうから。』

この全寮制の施設長であるエリノアは自分自身幾度も異世界へと行っている経験者で、大人たちへの対応もよく心得ている。両親には「妄想の一つです。時間をかければ治るかもしれません」といい、叔父や叔母には「これはあなたのせいではありません。こちらで解決できる可能性があります」といい、祖父母には「お手伝いさせてください。どうかお役に立たせてください」とそれぞれ違った形で語りかける。

でも実際の子供には違った形の救済が必要だ。誰にも理解されていない、周囲から頭のおかしな子、いなくなる前の”あの子”に戻って欲しいと誰からも望まれている子供にたいして、「異世界での体験」を肯定してあげること。そして異世界ではない現実に対して気持ちを切り替えられるように、時間をかけて理解させてあげること。

 エリノア・ウェストは、自分には手に入らなかったものを子どもたちに与えて日々を送っている。いつの日か、その報酬としてみずからが属する世界へ戻ることができることを期待しながら。

施設の長であるエリノア・ウェスト自身がこのように”自らが属する世界へ戻る”、この現実世界ではなく、彼女自身が幾度も冒険をした異世界へと戻ることを強烈に欲していることがこの「異世界からの帰還者」問題の根深さを物語っている。

ざっくりとあらすじや世界観

異世界への冒険を体験した子どもたちは二種類に分けられる。異世界こそが自分の適正を発揮できる場所、”故郷”であって、私はそこに戻らないといけないのだと考える人たち。もうひとつは、そこには決して帰りたくないと願う人たちだ。本作の主人公にして、”死者の殿堂”と呼ばれる世界から帰還したナンシーが所属し、舞台となっているのは、エリノアが管理し前者の子供たちが集まる施設である。

ナンシーは先に書いたように”死者の殿堂”から帰ってきて、その後遺症で髪の色は大きく変わり、”故郷”へ帰りたい、色のついた服を着たくないと訴え、親からは頭がおかしくなったと思われて施設へと放り込まれることになった。この施設には様々な異世界からの帰還者が集まっている。たとえば、ケイドという施設に数人しかいない男の子は、アリスの鏡の国のような妖精界のひとつに転がり込んで帰ってきた。スミというナンシーの同室の女の子は、彼らのいうところの”高ナンセンス界”に主観的時間にして10年近く暮らしていたせいで、説明し難い非常に独特な喋り方をする。

 ナンシーがテーブルに近づいてから動きもしゃべりもしなかったジルが、ナンシーの皿に視線を向けて言った。「あんまり食べないのね。ダイエット中?」
「いいえ、そういうわけじゃないの。ただ……」ナンシーはためらってから、頭をふって言った。「移動とかストレスとか、いろんなことで胃の調子がよくないから」
「あたしはストレス? それともいろんなことのほう?」スミが問いかけ、ジャムでべとべとの肉をひと切れとりあげて口にほうりこんだ。かみながら続ける。「両方ってこともあるかもね。あたしって融通がきくし」

この施設の、異世界からの帰還者たちは世界の方向性を大きく4つにわけて分類している。ナンセンス、ロジック、邪悪さ(ウィキッドネス)、高潔さ(ヴァーチュー)。たとえば不思議の国のアリスのような理屈の通らない世界は高ナンセンス。逆に理屈、規則が適用されている世界ならば高ロジックとなり、そこにウィキッドネスかヴァーチューが土台に組み込まれている。無論世界はそれだけで表せるほど単純ではなく、高詩韻(ライム)に高直線性(リニアティ)など無数の評価軸が存在するようである。

このような独自の分類・世界の方向性に加えて、旅立った世界の傾向ごとに、みな独自の習慣や価値観を身に着けて返ってくるので、それが個々人の大きな個性となっているのもこの設定のおもしろいところだ。たとえばナンシーは死の世界にいて、死に対する独特の価値観、畏敬を覚え、動かずにすごす習慣ができた一方、スミは高ナンセンスでいたことで決して止まらないことを覚えた──といった感じで。そのため、別々の世界にいった子どもたちが集まって会話するシーンは、まるでいろんなファンタジー作品のキャラクタたちが一気に混交したような、カオスなおもしろさがある。

さて、そうやって死者の殿堂から施設へとやってきたナンシーだが、他の子供たち同様彼女もまた”故郷”へと帰りたがっている。死者の王へと仕えた日々を思い出し、そこに戻るためなら何でもすると覚悟を決めている。だが、そんなある日、施設で何者かによる殺人事件が起こってしまう。ナンシーは何しろ冥界からきた子で、しかも到着してから数日後に起こった事件なので、疑惑はすぐに彼女に集まることになり──という感じで、ミステリィとしての流れで物語は進行していくことになる。

おわりに

はたして、ナンシーは自分の疑惑を晴らすことができるのか? その後連続殺人へと発展していくこの事件の犯人は誰なのか──!? というのは当然読んで確かめてもらうとして、最後に本作のテーマ的な部分&僕が特にぐっときた部分について触れておこう。僕がこの本で素晴らしいと思うのは「行って、帰ってきた子たちの物語」の部分なんだよね。というのも、子供たちはランダムで異世界への扉を見つけるわけではなく、みな、それぞれ自分の心にあった、誇れるような世界へと旅立っていく。

だからこそ彼女たちのように、異世界こそが自分が自由になることのできる、本当の故郷なのだと願い、戻ろうとすることもある。作中この子たちが旅立った”異世界”は、当然ある意味ではファンタジーのメタファー(?)だし、そうするとこれは”ファンタジーから帰還してなお、そこに恋い焦がれ続ける読者たちの物語”なんだよね。優しいのは、異世界を決して現実逃避の場所として、我々のいるこの現実こそがただ一つの生きるべき世界なのだと描き出しているわけではないところだ。

「スミは心にナンセンスを持っていました。だからそのことを隠し通すのではなく、誇れるような世界への扉がひらいたのです。それがあの子の本当の物語よ。自由になれる場所を見つけたこと。それはあなたがたの物語でもあるのよ。ひとり残らずね。」エレノアは顎をあげた。その瞳は澄みきっていた

さて、読み終えて気づいたが実は本作は三部作らしい。とはいえ事件にはきっちり今巻でケリがつくし、何より極上のファンタジィ小説なので、ぜひよんでもらいたいところ。規模的には中篇で、220ページ程なのでさっくり読み終わるのもいい感じ。