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音が支配する世界を描くディストピア音楽文学──『鐘は歌う』

鐘は歌う

鐘は歌う

『鐘は歌う』は、〈大崩壊〉によってロンドンの橋という橋が落ち、人々の目はみえなくなり鼓膜は破れ、それをきっかけとして書面による言葉の伝達・記憶が封じられた世界を描くディストピア小説だ。街には巨大な楽器であるカリヨンとそれに連動したパイプオルガンが設置されており、日の出と日没時に街中に向かって配信される、調和を目指した歌を歌い、一種の共同洗脳状態へと陥っていくことになる。

 朝課には、組み鐘は澄んだ音をやわらかく響かせ、一体化を説く──静かに、やさしく。カリヨンの一体化ストーリーは交唱形式で、質問には回答を、呼びかけには応答を求める。ぼくたちの声は、カリヨンに与えられるメロディをなぞる。カリヨンの問いに、ぼくたちは正しい回答を返す。つねに同じ、つねに正しい回答を。もし生命が音楽なら(じっさいそのとおりなのだが)、鳴鐘が歌う一体化ストーリーがその基本音部を成している。いわば、すべての根本となる義務を、不変の真実を、人々の脳裏に刻みこむのだ。毎朝、誰もがカリヨンに蹂躙され、なおかつ撹乱される。

しかも、この時に彼らは記憶をリセットされた状態になり、伊藤計劃『ハーモニー』的世界観というか、音楽によって人々にリセットをかけ、無限ループじみた調和をはかっているディストピア社会なのである。そうした世界基盤を背景に、プロットは、両親がなくなり、その遺言に従ってロンドンへとやってきた少年サイモンと、ロンドンで新たに出来た仲間である5人の無法者集団を中心として展開することになる。

サイモンが加わることになる集団ファイヴ・ローヴァー・パクトは、街の地下を走り回ってカリヨンの材料となる銀を探し回り、それを〈オーダー〉と呼ばれる街の調和を実行している組織に売り払うことで生計を立てている。日課である一体化ストーリー後、記憶が失われてしまう彼らの中にあって、サイモンは物に触れることでそれにまつわる記憶を見ることのできる特殊な能力を持っているのだが、彼の能力と、その記憶によって、彼と親友リューシャンはこの街の真実に近づいていくことになる。

はたして記憶はなぜ失わされているのか? 〈大崩壊〉と呼ばれる事象は、実際には誰に、どのような目的で引き起こされたものなのか。カリヨンとはいったいなんなのか。なぜそこまでの力を持っているのだろうか。序盤から断片的に示されていく世界観のワクワク感、ディストピアでありながらもサイモンたちがそれに気づいていない状態から、徐々に違和感へと気づいていく中盤あたりまでは素晴らしく僕も読んでいてウオーーと盛り上がっていたのだが、残念なことに終盤の展開は急ぎ足で、求心力を幾分失っているように思え、後半はだいぶテンションが下がってしまった。

おわりに

後半の展開はシンプルな探求の物語に加え、記憶が失われてしまう社会での特殊なラブロマンスであるとか、それはそれで魅力的な部分も多いのだが。とはいえ、全編歌うようにして語られていく街の情景、独創的な語彙に彩られた街に鳴り響く音の数々の描写は最高だし、完全な管理社会ながらもその中に存在している深刻な格差(仕事を与えられぬものは身体記憶すら持てないので、記憶不能者といってなにも思い出せなくなって街を徘徊するだけの態に陥る一歩手前になるとか)なども描き出していて、たいへんおもしろいので興味があったらよんでもらいたいところ。