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みらいみらい、トランスヒューマンたちが織り成すSF童話がありました──『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作がこの三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』である。意味不明に強い書名から連想される通りに、シンデレラや竹取物語といった童話が、もし人間が科学技術によってその姿を変質させたトランスヒューマン時代に語り直されたら──さらには、その話の最後に、”ガンマ線バースト”が世界に降り注いで無茶苦茶になったら──という、どうしてそうなったかわからないが、とにかくそうなってしまったというような状況を描く奇作である。

本作はもともと投稿小説サイトカクヨムに投稿されており、すでに「変だけどおもしろい小説があるぞ!」と一部で盛り上がっていたので、質としては受賞前から保証されていた作品でもある。僕の記憶にある限りでは、書籍版となってその頃よりもぎゅっと引き締められ、全体のまとまりが遥かによくなっていると思う。収録作としては、「地球灰かぶり姫」、「竹取戦記」、「スノーホワイト/ホワイトアウト」、「〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊」、「モンティ・ホールころりん」「アリとキリギリス」。まあ、タイトルをぱっと見ればすぐに元ネタがすぐにわかるだろう。

前半の3篇については、かなり原典の筋に忠実にSFとしての変奏を描き出しており、後半の3篇については原案程度まで元ネタは交代し独自のSFとして飛翔し、ラストの「アリとキリギリス」で一応全篇をまとめる、という構成になっている。選評でも触れられているが後半3篇の方の求心力は少し落ちるのだけれども、かといって前半3篇の路線で後半も手堅くまとめあげたところで一冊相当の小説作品としてのおもしろさとしてはどうなんだということもあり、個人的には非常に好ましく思う。

では、以下ざっと各篇について紹介してみよう

地球灰かぶり姫

トップは「地球灰かぶり姫」。最初の短篇で、その後にも共通となる(童話をやりながら、最後にガンマ線バーストが降り注ぐ)部分をしっかり紹介してみよう。

みらいみらい、女の子が一人おりまして、名はシンデレラといいました。この社会では科学技術は相当発展しており、すでに肉体の枷から解き放たれているものの、シンデレラ家は古風の考えを持っているので体を捨てずに、一家仲睦まじく過ごしておりました。しかし、ある日シンデレラ母が不慮の事故死。アップロードされていない精神は死ねばそこで終わりであり、それに狂った父は機能を停止、哀れなシンデレラは継母に引き取られてゆきました──と、筋だけはシンデレラと同じような話である。

筋はシンデレラだが、描写は全部SFで、どのページを開こうがSF用語に満ち溢れているので、まずそのギャップが大変におもしろいことになる。『シンデレラの具体が基本的人体でしかないこともまた、姉たちの嗜虐心を煽りました。姉たちはシンデレラの具体を思うまま使い倒し、ボロクズに変えました。怪我や骨折は日常茶飯事、食事や睡眠を忘れることもしばしば。具体を使い慣れないトランスヒューマンは身体的感覚に乏しく、意図せず自殺行為をしでかしてしまうのです。』などなど。

そんなシンデレラの前に謎の〈魔女〉が現れて、パーティに出席するために新しい衣装のついた、素敵なダンスも楽しめる、運動能力も向上した具体を用意してもらうのでありました。『〈魔女〉が具体にしこんでおいてくれた身体制御補助知性と、王子のそれとがバースト通信をやりとりしました。ふたりはひとつの機械のように踊るのでした。だれもがふたりの虜になりました。』だが、そんな楽しい楽しいパーティの最後に訪れるのは、魔法が解ける鐘の音ではなく、ガンマ線バーストだ!

『そのとき起きたのはガンマ線バーストでした。はるか遠くの、どこの星でも結構ですが、恒星がひとつ崩壊し、放出されたエネルギーが光速で地球に襲いかかって来たのです。』ガンマ線バーストは僕もよくわからんがこの引用部にあるように凄いエネルギーでありもろに当たると死ぬ。この世界の人間はトランスヒューマンであり具体がいくら破壊されようが地下深くに隠したサーバに保存されているバックアップからいくらでも復活することができるが、それでも地球は無茶苦茶になってしまう!

と、あとの短篇もだいたいそんな感じである。

ざっと各篇について紹介する

二篇目の「竹取戦記」では、竹取の翁は竹(地熱発電所という設定になっている)の中から赤ん坊を探し出すのだが、爺には制御できぬほど強力な性能を後にカグヤと名付けられる赤ん坊は有しており、トランスヒューマンの先を行くポストヒューマンに作られた可能性があるという。カグヤは自身の秘密を探るうちに、その正体へと行き着くが──といった感じで、竹取物語はもともとSFチックな話だが、そのクライマックスは「トランスヒューマンガンマ線バースト」翻案ならではの派手さがある。

「スノーホワイト/ホワイトアウト」は仮想環境で暮らす女王の物語。鏡よ鏡、と問いながら、望む答えだけを聞いている女王だったが、ある時仮想空間に雪片が混じるバグが発見され、それは次第に女性の姿を取り、女王の楽園だった仮想環境は、白雪姫というバグに汚染されていくことになるのでした。鏡の女王が仮想環境で望みのNPCを従える女性に翻案されてしまった哀れな、しかし納得感の深い一篇である。

続く二篇はどちらもガンマ線バーストが降り注いだ後の話。「〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊」の元ネタはさるかに合戦だがタイトルからしてほぼ原型をとどめておらず、エウロパで任務についているカニ、エビ、シャコなどからなる甲殻機動隊員たちが、使えそうなものは何でも使って自分を修復しながら徘徊する〈サルベージャ〉との戦いの物語。次の話と合わせて、ハードSFライクな描写と世界背景が楽しめる一篇だ。「モンティ・ホールころりん」ではおむすびころりんとモンティ・ホール問題が掛け算された意味不明な話で、進歩的な人類であるテクノクラートが残した遺物を漁るじいさんとばあさんがモンティ・ホール問題と特異点に挑む(意味不明だな)。

「アリとキリギリス」は最後のまとめ的な短篇。そもそもトランスヒューマンな時代には働かなくてもいいんだから、みんなキリギリスだろうと思うのだが、ここでは勤勉に自己改良を続けており、複数の具体を使いこなす強力なトランスヒューマンであるアリと、好きなように歌を歌いひとつの具体へとこだわり続けるキリギリスという対比になっている。アリはキリギリスの真逆の生き方に次第に感銘を受けていくが、はたしてキリギリスはガンマ線バーストの襲来を生き延びることができるのか──。

おわりに

描写はすっと簡潔でありながらも、実は科学的にはハードな描写が多く、そういうところがカクヨムで連載していた時からSFファンの琴線にも触れていたのだろう。傾向としては『最後にして最初のアイドル』の草野原々が近い。独創性の高さにしても、描写のおもしろさ、サービス意識の高さにしても、今後が楽しみな作家である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp