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言葉の骨によって駆動される、砂上の文明都市を描く砂漠SF──『言鯨16号』

言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

『エスケヱプ・スピヰド』の九岡望のハヤカワ文庫JA単著初登場作がこの『言鯨16号』だ。言鯨とは「イサナ」と読み、全土が砂漠化している世界の創造者、神であると捉えられており、本作はそんな言鯨の骨をエネルギーの源や擬似的な科学技術のように用いることで動き続けている世界が舞台のSF/ファンタジィである。ナウシカにデューン、『クジラの子らは砂上に歌う』などの名作揃いの砂漠SF/ファンタジィに新たな風を吹き込む一作。何はともあれ、世界観がまず最高なんだよなあ!

ざっとあらすじを紹介する

中心となる旗魚(カジキ)という人物は、この砂上文明の根底を支える言骨を各地から拾い集めて様々な用途に合わせて加工する工場へと運び込む、骨摘みという職業についている。この言骨、『言骨を原料として製造される詠石は、種類によって様々な効力を秘めている。朱色のそれは熱を発し、砂上船には一般的な「言火燃焼機関」の燃料となる』──というように、たいへん便利な、いささか便利すぎるものである。

そうすると気になってくるのが「これはなんなのか」だが、さわり部分については最初に書いたとおり。なんでもかつてこの世界には「言鯨(イサナ)」という、生き物であるとも、巨大な装置であるともいわれるなにかが15体生息しており、その遺骸が地中深くに埋没し、その力の残滓が「言骨」となって現れているらしい。とはいえ、エネルギー源として使い続けたら枯渇しちゃうでしょ(石油みたいに)と疑問に思うだろうが、なんでも言骨は今なお増殖を続けている、つまり事実上の再生可能エネルギーのようなもので、この砂上文明は15の言鯨の遺骸の近くに街を作り上げている。

人々はその中で平和に暮らしているわけではあるが、謎は多く残っている。たとえば「「言鯨」とはいったい何で、どうやって生まれたのか?」「言骨はどのように機能しているのか?」そういうことを考える学者もきちんといるが、旗魚は骨摘みでありながらもそうした疑問を胸に抱え、本なんか読んでるんじゃねえとけなされながらも、言鯨ってなんなんだろうと好奇心と探究心をつのらせている。そんなある時、旗魚は鯱(シャチ)という個人の運び屋の男と、旗魚が尊敬している言鯨の研究者である浅蜊(アサリ)と出会い、この世界の、言鯨の秘密へと奥深く迫っていくことになる。

途方もなく巨大なものが、砂の中から出現する。

というあたりまでがざっと触りの部分なのだが、その後突如完全に死んでいたと思われていた言鯨15号が活動を開始し、15番街と周辺を漂っていた輸送船が軒並み消失させてしまうというカタストロフが起こり──とこの砂上文明全体を巻き込んで大変な事態に発展していくことになる。で、この崩壊の描写がぐっとくるとかいろいろあるのだけれども、取り上げておきたいのは「砂の中から何か巨大なものが出てくる」「砂上をとてつもなくでかいものが疾走する」のはカッコいい! ってこと。

砂の中、砂漠の中というのはなんとなく「何が潜んでいてもおかしくはない」というイメージがある。失われた古代文明でも超巨大生物でも、なんでも埋まっていてもおかしくはない。また、周辺には何もないことが多いから出てくる時に余計な気兼ねもないし、海でもないので出てきときにすぐに人間が「あれはなんだ!」と騒いでくれるのも作劇的にはちょうどいい。砂から巨大な物が出てくるのは素晴らしいのだ。

同時に、この砂漠文明ならではの「砂上船」がしっかりとその直径やら幅やら、その機構についても詳しく描かれてくのも満足度が高い。『クジラの子らは砂上に歌う』でも僕は砂上を疾走する泥クジラが砂上を走る絵が最高に好きだったけれども、とにかく砂上を走る船というヴィジュアルに、とても惹きつけられるんだよなあ。

 砂上船は船底に巨大な砂掻輪を備えており、その回転で砂漠上を泳ぐように進む。今乗っているのは、零番街鯨骨街の竜洞造船所が手掛ける「ジンガナ型/零七年式輸送船」といい、砂掻輪の数は左右に四つずつの計八つ。それぞれの直径は大人二人分くらい、幅は一人分くらい。掻いた砂は後ろに飛ぶように造られてあるが、それでも結構な砂粒が舞い上がるので、甲板はかなり高いところにある。最新式のやつは甲板上に砂除けのドームがあるが、それを差っ引いても耐久性と居住性に優れているため愛好者の多いモデルで、これも修理と改良をくり返してもうかなり長く使っているらしい。

船とは異なるが、この世界ならではのテクノロジーを用いた波動短銃と呼ばれる武器についての描写など、わりとこの世界独自の武器/生活雑貨みたいなものがきちんと設定されているあたりも読みどころ。あと、言骨に頼らない、この世界に彼らよりも先にいたと思われる「蟲」を用いた独自の生活体系を築き上げた蟲屋と呼ばれる人々など(こっちは蟲師っぽい)、無数の潮流を混交させながら世界観を作り上げている。

おわりに

これぐらい作り込んである世界観だと、だいたい2冊とか3冊とかのシリーズ物になることも多いが、今回に関して言えば1冊で世界の秘密から何から何まで明らかになって、旗魚もその人生を走りきって見せる。個人的な感想でいえばこれだけの世界観なのだから、3冊ぐらいたっぷり堪能したかったなあという気持ちもあるのだけれども。とにかく、砂漠SF/ファンタジィとしてぜひともオススメしたい一冊だ。

クジラの子らは砂上に歌う 1 (ボニータコミックス)

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