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『完璧な夏の日』のラヴィ・ティドハーによる、どこか懐かしさを感じる未来の情景を描いたSF長篇──『ロボットの夢の都市』

この『ロボットの夢の都市』は、第二次世界大戦直前に世界各地に現れた異能力者たちの暗躍を陰鬱なトーンで描き出す『完璧な夏の日』や、ヒトラーが失脚しロンドンに移り住んで探偵になった日々を描く歴史改変SFの『黒き微睡みの囚人』で知られるラヴィ・ティドハーによる、未来史長篇だ。近現代史をテーマにしてきた過去の邦訳作と比べると、本作はストレートに人類の未来をSF的に描き出している。

印象的な砂漠と土色で巨大な人型ロボットが描かれた表紙が印象的だが、まさに舞台は砂漠の街(ネオムといい、実在する)であり、そこで暮らす人々とロボットの姿、また数百年前に起こった太陽系を巻き込んだ大戦争とその顛末がじっくりと描きこまれていく。物語の本筋は、とあるロボットが砂漠から掘り起こした”ヤバいブツ”が街の住人を巻き込んだ騒動に発展していく、シンプルなものだ。しかし、そのシンプルなプロットが展開する過程でこの世界の背景の開示(たとえばかつて起こったとされる大戦争では何が起こったのか? その後世界はどう変わっていったのかなど)や肉付けが行われていく。後述するが、本作はその肉付けと語りがまず魅力的だ。

本作には個性豊かなロボットが登場するが、みなとても人間的で(個性的なのも、人間的なのも理由がある)、自分が体験してきた過去の出来事を語りながら、時に悩みや神や愛についても語る。その結果として、本作はロボットによる、ロボットのための神話のような雰囲気もまとっていく。下記は神について問うロボットの一節だ。

「あなたが奉仕した相手は?」
「どう答えればいいのでしょう? 年をへて、記憶は薄れています。わたしは空の向こうに行き、無意味としか思えない戦争を、火星でいくつも見ました。わたしは星をたくさん見ることで、神とはなにかを理解しようとしました。あなたは神の存在を信じていますか?」 p49

特に終盤の語りと情景は圧倒的で、既存のティドハー作品の中でも本作は群を抜いて好きな作品になった。未来史だけあって独自用語も多く(巻末に用語集がある)、通常独自用語が出てくると読みづらいものなのだが、本作はプロットがシンプルなおかげか、作中できちんと補足説明がなされているおかげか、読みやすいのも良い。

世界観・あらすじなど

物語の舞台は、意識を持ったデジタル生命体などが当たり前のように存在し、人類の版図が太陽系全域に及んでいる未来。木星や土星以遠に存在する星々は「遠宇宙(アウター・システム)」、太陽系で人間が居住している三つの惑星(金星、地球、火星)は「近宇宙(イナー・システム)」と呼ばれる。かつては数多くのロボットが造られ、戦場で人を殺すために無数の改造が施されてきた。作中の数百年前には太陽系を巻き込んだ戦争があり、その傷跡や残存の兵器は今も世界各地に残っている。

とはいえ、物語の主な舞台は地球の「ネオム」というサウジアラビアの都市だ。これはサウジアラビアが2017年に構想を発表・計画した革新的な未来都市のことであり、海抜500メートル、幅200メートルという背が高く細長い、100%クリーンエネルギーで実現されるTHE LINEと呼ばれる地域など、とにかく構想は壮大。だが、現実のネオムは今は砂漠に空港と工事現場が点在するだけの場所である。

物語の中心となるマリアムはそんな都市ネオムで時間給で様々な仕事を行っている人物だ。彼女は週末は花屋で働いていて、ある時そこで花に見とれ、どの花もすごく美しいと語る奇妙なロボットと出会うことになる。最初は花の匂いについての語りから始まり、次第にお互いが何を信じているのかといった宗教的な問答へと至り、ロボットはバラのダマスクローズをマリアムからもらい、その場を去る。

「はいどうぞ」マリアムは花を差し出した。「あげる。どうせもう店じまいだし」
「あなたは親切な人です」ロボットは花を受け取った。「ありがとうございます」
「どういたしまして。その花を持って、どれくらい遠くまで行く? 返事によっては、水が必要になるけど」
「過去まで行きます」ロボットは答えた。「それがどんなに遠いか、誰にわかるでしょう?」

ロボットの返答はおかしなもので、やはり古いロボットだからどこか壊れているのかもしれないとマリアムは思う。しかし、実はそうではない。古いロボットには大戦争前からの長い遍歴と戦闘の記録があり、過去に亡くしたものを取り戻すため、バラを持ったまま街を出て砂漠へと向かい、そこである物──大昔の戦争の際に作られた、ゴールデンマンと呼ばれる兵器──を掘り出し、再度動かすために街へと舞い戻る。

世界の背景であったり情景であったり

ゴールデンマンが”どんな兵器なのか?”が、修理の過程でこの謎めいたロボットの過去が解き明かされると共に判明していく。それは兵器ではあるのだが、核爆弾みたいに周囲を無条件に破壊するタイプの兵器ではなくて──と、そのあたりは読んでのお楽しみである。で、個人的に本作はそうしたメインプロットよりも、そのプロットの合間で語られる、世界の細かな背景であったり情景が楽しい作品だ。

たとえば物語の主な舞台はネオムなのだが、そこに関わることになるのが移動隊商宿と呼ばれる、移動しながら生活をする人々だ。彼らは砂漠を移動するのだが、引き連れ、乗っているのは大型のロボット柱塔(ハーン)で、地形に応じて伸縮してその形を変える。柱塔のあいだはヘビ型ロボットとヤギが進み、電力をまかなうソーラー・カイトが空高く舞っている。そして一番後ろにはゾウが群れて並ぶ──と、キャラバンの移動生活には、未来の世界だからこその独特な情景が広がっている。

また、砂漠を美し描くことについても本作は一級品だ。下記は砂漠をパトロールしている警官視点の描写だが、ティドハーらしく歴史を丁寧に折り込みながらどのような経緯のもとその場所、その情景が成立しているのかを説明していく。

 砂漠は古く、一見うつろなようでいて、実はその広大さのなかに見えるものや聞こえるものを大量に秘めていた。ホモ・サピエンスはアフリカからこの砂漠を超えてヨーロッパにわたり、神々はこの半島で生まれ、香料やスパイス、その他の希少で貴重な商品を携えた商人たちは、この砂の上を数千年のあいだ往来してきた。メシアたちが新しい宗教を立ち上げ、世界を変えた。そしてアラビアが世界に接近してゆくと、世界もアラビアに接近した。p.57

先の移動隊商宿にロボット群が混じっていたり、ネオムの街では人間による運転が禁止されていたりと、情景の中に未来的な要素がさらっと流れていくのも魅力的なポイントだ。砂漠はただ美しいだけでなく休眠中の地雷やドローン、意思を持つロボット型の不発弾──どんな環境にも適応して生き延びるよう作られていたこの不発弾らは、今も誰かを殺し続けている──が眠っているし、街には遺伝子操作や外科的な手術によって四本腕になった人物だったり、触腕を持った人物が存在している。

未来でありながらも、どこか古びている

この世界の情景の特徴としていえるのは、「未来でありながらも、どこか古びている」という感覚かもしれない。舞台のネオム自体、現代(2024年)において未来の象徴的存在でありながら、作中では”古い街”として語られる存在だし、物語に出てくるロボットやアイテムはみな旧世代の兵器、遺物であり、その修理に焦点があたる。

そもそも本作は世界の情景や要素が一昔前のSFから採用されて(意匠を過去から持ってきながらも、細部は現代風にアップデートしているので、新しさもある)いるのもあるが、世界は一度繁栄したものの大戦争によって後退し、今は昔の技術を活かし、修理していく使っていくフェイズなのだ、という感覚、質感が物語に満ちているのだ。その手触りの感覚が、この独特な文体とあいまってすごく良いんだよね。

おわりに

砂漠の街が舞台で砂虫なども出てくることからもちろんハーバートの長篇『DUNE』は当然想起されるところだし、著者あとがきではコードウェイナー・スミスの『人類補完機構』が特に気に入っている未来史として挙げられているし、被造物としてのロボットの自立、その意志や愛の物語という文脈においては『フランケンシュタイン』でもあるし──と、短いながらも多岐にわたる文脈を持った作品である。

ラヴィ・ティドハーは日本では知名度が高い方ではないと思うが、本作はラヴィ・ティドハーの入口としてもうってつけなので、気になった方はぜひ読んでみてね。