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幻想文学短篇集の傑作──『言葉人形』

言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)

言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)

ホラー、SF、ファンタジィに幻想と多彩な傾向を持った作品を高いレベルで書き分ける作家ジェフリー・フォードの、日本オリジナル編集でおくる短篇集である。

既存の邦訳は〈白い果実〉三部作など長篇が多いが、2008年以降は刊行が途絶えていたので、著者としても久しぶりのお目見えとなる。僕は今回が初・フォードだったので、幻想系の作家なのかな〜? 仕事する前に最初に収録されている「創造」だけでも読んでからいくかなーとほとんど期待もしないまま、雑に読み始めたら、いきなりグワーッと惹きつけられて、仕事の合間にかぶりついて読み進める羽目になるぐらい、とんでもなく質の高い幻想・ファンタジィ短篇ばかり。心底たまげてしまった。

ジェフリー・フォードには5冊の短篇集があるのだが、本書はその中から幻想系を中心に、13編を選出したものになる。とはいえ、序盤の方はより幻想みの少ない現実的な話が集まっており、後半になるにつれ魔法使いや巨人が出てくるようなファンタジックさが増していく構成になっている。この趣向のおかげで、読み進めるたびに読み味が変わってくるので、飽きずにひたすらに楽しませてくれるのだ。では、全13編の中から特に僕が気に入っているいくつかを中心に、ざっと紹介してみよう。

ざっと紹介する。現実系

最初に収録されているのは「創造」。最初の人間であるアダムとエバが創造された創世記を知り、想像力の世界を大いに刺激されたばかりの子供を語り手として、幼少時の奔放な想像力の発露が存分に描かれていく一篇である。夏の盛りに、語り手である私は、古い丸太を胴体にし、長い枝を腕とし、足には若木をしようして──と自分だけの特別な「私の人間」を創造する。それはもちろん大人の目からするとただの人形遊びにしかみえないが、少年からしてみればそれは本物の人間であったのだ。

少年は自分が創造した人間にキヴァノーという名前をつけるのだが、翌日彼を残した場所にいってみると、すっかりその姿を消していた。彼は自分が創造した人間がひとりでに動き回り始めたと恐怖する──という感じで展開していくのだが、とにかくこれは父親との関わりが素晴らしい。父親は神話など気にもかけず、「死んだら誰だって、ウジ虫になるんだよ」というような現実主義者だが、自分が創造した人間が勝手に動き出しているのだと聞かされた時の彼の対応はあまりにも暖かくて、(そして、それを振り返る「私」のその後のパートも相まって)涙が流れるほどだった。

続いて収録されているのは「ファンタジー作家の助手」。売れっ子ファンタジー作家の助手となった女性の視点から物語が紡がれてゆく一篇。最初は単なる資料集めがメインの業務だったが、次第にファンタジィ世界の先を見れなくなった作家のかわりの「眼」となることを求められるようになり──と、これもとにかくフィクションというもの、フィクションに耽溺している人間にとってはとても暖かく作用する作品で、特にお気に入りの一篇である。『自分がなる必要のある人物になる方法を教えてくれるのでなかったら、フィクションのまやかしにどんな効用があるだろう?』

現実系の作品では「光の巨匠」もたまらない。光を操ることで様々な演出を行う「光の巨匠」と呼ばれるラーチクロフトへとインタビューする記者の物語。インタビューの現場に最初、光を操ることで「首だけ」しかみえない状態で現れるなど、顧客サービス満点なラーチクロフトだが、インタビューが進むにつれ次第にその語りはスピリチュアルな領域へと突入していく。いわく、光は目を通して我々とコミュニケートするが、所詮目は受容器官に過ぎず対話の手段がない。光の魂を探るには、目を通さず内なる光と対話をし、外の光と内なる光を混ぜ合わせねばならない──。

それだけなら「はあそうっすか頭やばいっすね」という感じだが、ラーチクロフトはそれを実現するために頭部穿孔術を自分に施し──と現実的な話からはじまって、だんだんイカれた、幻想と夢の入り混じった世界と混交していく構造に、フォードの作風がよく出ている(し、この短篇集の構成ともマッチしている)。

ざっと紹介する。幻想系

表題作「言葉人形」は怪奇幻想系の一篇。毎朝町へと通勤している語り手は、「言葉人形博物館」と書かれた奇妙な看板を目にし、立ち寄ってみることにする。なんでも、言葉人形とは19世紀半ばに一時的に生じた儀式のようなものだという。なんでも、当時子どもたちは辛く苦しい農作業に従事する必要があったが、それに耐え忍ぶために、想像力の世界で遊び相手になってくれる「言葉人形」が提供されていたのだ──という昔話が、事細やかに記されていく。このへんの描写は、本当にそんな風習があったんじゃないか? と思ってしまうほどで、人類学的なおもしろさがある。

同様に、特定の仮定を緻密に突き詰めていく系でおもしろいのが「理性の夢」。有名な光の研究者(また光だ!)アマニタス・ペラルはふたつの理論を持っていた。ひとつは「遠くの星々はダイヤモンドでできている」。もうひとつは、「物質は光が速度を落としたものにほかならない」。「こいつは何いってんだ??」という感じだが、重い気体を低音に放つとその中を光が進む速度は、記録可能な程度まで低下することを実験で証明し、物質になるほど「星の光」を低速化させれば、それはダイヤモンドの微粒子を生み出すのではないか──と仮説を立てて、無茶苦茶な実験に邁進していく。宇宙が絡む壮大な実験という点では、もっともSFっぽい一篇といえるか。

完全にファンタジィだと、「マンティコアの魔法」がいい。魔法使いに仕える従者が語り手となり、国に現れた恐ろしい魔物であるマンティコアの生態を事細かく書き記していく一篇。どのような身体を持っていて、どのようなパーツを持っていて、どのような機能を持っているのか。また、マンティコアの毒には、獲物の思い出す能力を封じてぼうっとさせ、誰もが古い夏の別荘にいる、共通の幻想をみるという。『そして、犠牲者は自分がひとりぼっちだと気づく。私が想像するに、毒が効いている最中に死ぬことは、永遠にその海辺の美しい場所にひとりでいることだと思う。』

このへんの描写の美しさは、やっぱ飛び抜けているよなあと思う。

おわりに

と、ざっくり紹介してきたが、さすがに5冊80篇もある中からの13篇ということで、傑作選の名に恥じぬ作品揃いである。どの作品も現実と夢と幻想が常に隣り合わせ、あるいはほとんど融合した形で描かれていて、まるで別の傾向の作品を読んでいても「ジェフリー・フォードみ」が色濃く現れている。幻想系とくくらずとも、とにかくおもしろい短篇が読みたい! と思うなら、ぜひオススメしたい一冊だ。