- 作者: 草野原々,TNSK
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/04/18
- メディア: 文庫
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「最後にして最初のアイドル」が、かわいい女子高生を主人公にしながらすぐに身体が肉屋の廃棄物のようなグロテスクな形になって、数千年の時を超えて多宇宙の意識の起源にまでたどり着いてみせる異常な作品だったので、今回もどうせ表紙のかわいい女の子たちはすぐに人間ではないなにか別のものに魔改造されてしまって宇宙に飛び出していくんでしょ?? と疑りながら読んでいたのだが、なんと今回は真面目に18人もいる彼女たちを人間のまま関係性を真面目に描きあげていく作品である!
その本気度が伺えるのが本書の冒頭。密室殺人事件を扱ったミステリィが最初に密室現場の見取り図を入れるかのように入り乱れた女子高生たちの関係性図が載せられており、それが「今回は多重的な関係性の百合作品を書くぞ!」という力強い宣言になっている。最初は「18人の女の子なんか全然覚えられんわ」と思っていたけれども読み始めると個々のキャラ付けが強烈なのでサクッと覚えられるのも良い。
ざっと紹介する
物語の中心人物となっていくのは星智慧女学院の3年A組の生徒たち18人である。彼女たちはそこでいつも通りの一日をはじめようとしていたところだったが、突如このA組以外の生徒たちがみなサルへと変化し、それどころか外が高い樹木の生い茂る森に切り替わっている! その後巨大なネコの化物が現れて先生を食い殺す、各人のスマホ画面に現れた謎のAI生命シグナ・リアが『大進化どうぶつデスゲーム』の開催を宣言するなど、意味不明な展開が続くのだが、重要なのはこのデスゲームだ。
なんでも、これまでヒトが知的生命体として我が世の春を謳歌していた世界は「ヒト宇宙」であり、今の宇宙はいつのまにか書き換えられてしまってネコがヒトの代わりに知的生命体の座を奪い取った「ネコ宇宙」なのであるという。だから人間をでかいネコが襲ってきたわけで、目下のところなんで書き換えられてしまったのかはともかくとしてそういうことなのである。で、リアがいうには、こんな宇宙が嫌なら宇宙が書き換わった原因である知性ネコの進化ポイント、800万年前の北アメリカにタイムスリップして異常進化したネコの先祖をぶっ殺せ! という感じになる。
溝口力丸 on Twitter: "『SFが読みたい! 2018年版』における草野原々さんの新作予告コメント。「文芸作品として最低レベルの作品を書く私にとって、流行に乗ることは大事だ。今流行っているものといえば、『Fate Grand/Order』と『どうぶつタワーバトル』だ。その二つを足し合わせた長篇を書くぞ!」はい、ここからでした。… https://t.co/Mhn7K613Br"
まるで何がなんだかわからないが、担当編集氏のそもそもの企画発端のツイートによると『FGO』と『どうぶつタワーバトル』が流行っているから、そのふたつをかけ合わせた作品を作ればウケるはず! という悪夢のように安直な発想から生まれた設定なので、あまり深く考えてはいけない。というか、出来上がってみればどうぶつタワーバトルよりあきらかに「けものフレンズ」要素のほうが大きくなっている。
「じゃあクラスメイト同士で殺しあうとかじゃないのか」
月波は安堵のあまり、思わずつぶやいてしまう。
「あったりまえじゃーん。大進化どうぶつデスゲームは、クラス単位なんてちっさいゲームじゃないよ。生物種のデスゲームだよ!」
無茶苦茶な話だがディティールの詰め方はさすが
で、そこからSF的な理屈がついて(どうやって過去をさかのぼるの? なぜ宇宙は書き換えられてしまったの? とか)、いざ800万年前へ! となるわけだが、そのへんのディティール(過去へと遡る時間論や、800万年前の地球の地質的、気候的な情報量など)の書き込みが凄い。草野さんはもともと先に書いたような壮大な展開の作品でデビューした作家だが、ただ壮大にすればおもしろいかといえばそうではない。それなりに説得力のある理屈や背景の描写がないとただ壮大で荒唐無稽な話になってしまって誰も読まないので、元からそうした壮大なホラ話の裏側を支えるロジックや情報量を埋める力は高く、今回もその能力がいかんなく発揮されているのだ。
たとえば、800万年前に飛ばされた女子高生たちが食料を求めて植物を集めまわったり(必然的に、この時代には何の植物が生えていて何が食べられるのかというサイエンスノンフィクション的な話になる)、偶発的に地域にいる動物たちと遭遇するので「これはクジラ偶蹄目ラクダ科のあエピカメルスだねー」みたいなサファリパークの解説のお姉さんかよみたいな描写がはいったりする(めっちゃけもフレっぽい)。
そもそも女子高生はどうやって進化したネコちゃんたちと戦うの? と疑問に思うかもしれないが、800万年前への転送時にリアによって身体能力が強化されていたり、「どうぶつ銃」の提供を受けたり、思念で動く「どうぶつ戦車」をもらったりとわりとなんでもありの世界観&ざっくりバトルなのでそのへんは割愛。
関係性の話について
で、そうしたデスゲーム部分と合わせて重要なのが女の子たちの関係性! 異常な状態に巻き込まれた少女たちであるがその中身や人間関係上の悩みはわりと普通! たとえばある女の子は好きな子にカッコいいところをみせられず、幻滅されるのではないかと恐怖に震え、ある女の子は好きな子と一緒にいたいけどあの子には自分以上に似合う美しい女性がいて──と葛藤し、と真っ当な悩みを重ねていくのである。
早紀の髪の毛が風に吹かれてなびく。傾いた太陽が斜めから照らし、栗色の毛が光り輝くようだ。背景の草原と相まって、こんな美しい光景は見たことがない。
残念ながら、隣にいるのはミカではない。早紀の無二の親友、純華だ。
早紀の隣にいて一番似合うのは純華だ。悔しいが、認めなければいけない。絵になる二人だ。早紀の非現実的な美しさと、純華の日常的なかわいさがうまくマッチしている。二人の仲睦まじい姿を見ていると、このままそっと見続けていたいという思いすら湧いてくる。純華を見ていると、自分が早紀の隣にふさわしくない存在だということを実感してしまう。シミやニキビ、体中にあるムダ毛を思い出してしまう。
こうした初々しい百合描写のかたわらにあるのはサーベルタイガーやすごいネコとどうぶつ銃やどうぶつ戦車で戦うデスゲームなので一緒に食えるはずがないものを無理やり一緒に食ってる感が半端ないのだが、その違和感がまたおもしろいともいえる。
おわりに
当たり前のように女の子たちがボコボコにされて物凄く苦しんだりする描写が普通にあるので、女の子がボコボコにされるのが好きな性癖の人にも大変にオススメしたい作品である。売れたら続巻があるようだが、今巻だけでも綺麗に決着しているのでそのてんも安心してよいかと(つまり、大進化どうぶつデスゲームは今巻で決着する)。
これは学園ラブコメです。
- 作者: 草野原々
- 出版社/メーカー: 小学館
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「なんでもあり」に対抗するため、三幕構成を意識したり(登場人物が)、ジャンルのお約束を列挙して順番に実行したり、とメタ的なことをやっていて、序盤から中盤にかけてそうしたお約束を確認していく描写は単調でうんざりさせられる面もある。が、滅茶苦茶さが増しファンタジィだSFだというジャンルからも飛び出して、なんでもあり状態に近づき、物語世界と秩序の均衡のギリギリのせめぎあいが描かれる後半部はめっぽうおもしろいので、メタフィクション好きはぜひどうぞ。