基本読書

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〈ゲーム・オブ・スローンズ〉原作者のSF短篇集──『ナイトフライヤー』

ナイトフライヤー (ハヤカワ文庫SF)

ナイトフライヤー (ハヤカワ文庫SF)

ゲーム・オブ・スローンズの最終章の終幕が間近に迫るさなか、その原作者ジョージ・R・R・マーティンの中短篇集が刊行。ゲースロ視聴者であっても原作の〈氷と炎の歌〉シリーズはその凄まじい分厚さもあって読んでいない人が多いだろうが、実は(もなにもないが)ジョージ・R・R・マーティンは小説も超おもしろいのだ!

この中短篇集も文庫で570ページ超え(第五短篇集の全訳。初刊行は1985年だが、昨年改題のうえ再刊されている。)と、短篇集のわりに非常に重たいのだが、ゾンビあり、超能力者あり、なんだかよくわからない色んな生物や異星人あり、様々な神話や宗教が出てきて──と、ゲースロのあの異種格闘技戦じみたジャンル混交っぷりが楽しめる多彩な一冊に仕上がっている。いや、あらためてジョージ・R・R・マーティンはほんとに演出も世界観も作り込みが半端ないなと気付かされることになった。

ナイトフライヤー

まずトップは表題作にしてNetflixでドラマ化もされている「ナイトフライヤー」。中短篇集とはいえ、これは単品で200ページ超えなのでほとんど短い長篇レベルだが、その分読み応えは半端ない。舞台となっているのは超光速航法が実用化され、人類文明は星々に広まり異星種族間での千年にも及ぶ星間大戦などが起こっている未来。

そんな世界にあって誰にも気づかれずに存在していたヴォルクリンという謎の異星種族の存在に人類が気がつき、〈夜を翔ぶもの〉(ナイトフライヤー)は探査目的でひたすらにその存在を追いかけて夜を駆けている。その探査船に乗っているのは、強化人間、異星生物学者、サイバネティック技術者、感応精神科医、異星技術研究者、言語学者らなどで、多彩なバックボーンを持つものが揃っている。

生物学者などの中に当前のようにテレパスが存在するだけでなく、記憶や感情が念刻できる共鳴結晶体などマジックアイテムが物語の中に自然と混じりこんでいるのがまずおもしろいわけだが、そんなある時テレパスのひとりが船の中に正体のわからない脅威を感じ、自傷行為をはじめるなど次第に発狂状態へと遷移していく──。

いったい誰の・なんの仕業なのか!? 乗組員の誰かなのか、それとも超自然存在なのか? 船の中にはひとり、決して姿を見せずホログラムのみを通して対話をし、船をコントロールしている(船の持ち主であるから)ロイドという男がいたこともあって、乗り組んだ科学者らはみなその男がすべての原因なのではないかと推測し、密室状況下の船内は憶測と疑念が渦巻く混沌とした状況へと陥っていくことになる。

次々と明かされるこの船(とロイド)に関連する真実によるサスペンスと、原因のわからない攻撃にさらされているホラー感がたまらない一篇。正体のわからないスタンド使いと戦っている時のジョジョ感がみなぎっている。冒頭の「テレパスだけがその脅威に気づいて発狂する」部分の演出とか、ほんと素晴らしいんだよね。

オーバーライド

「オーバーライド」は惑星グラトウにて、〈屍人〉と呼ばれる労働力を使って旋解石を採掘してくる屍使いたちの物語。彼らはおおむね平和に採掘をする日々を過ごしていたのだが、ある時旋解石の独占採掘権が別会社に獲得されてしまい、屍使いたちは”おまえたちが採掘に使うあれは空気を汚す”といって契約破棄されてしまうことに。はたして彼らは今後どのようにして生計を立ててゆけばよいのか──。

随所に屍使いが屍人を動かす描写があるのだが、このディティールが半端ない。リモコンを通じて屍人の合成脳に情報を与え、目や耳からのフィードバック情報を頼りに動かすのだが、死んでる体なので思うように動かせず、一流の屍使いでも同時に動かせるのは3体程度なのだ。屍使い同士の屍人バトルなんかもあったりして、決して派手ではないものの考えることは多く、思考戦としてのおもしろさも抜群である。

ウィークエンドは戦場で

「ウィークエンドは戦場で」は週末に金を払ってゲームとしての戦争(普通に弾を食らったら死ぬ)に参加した男の物語。キルポイントを稼ぐことで次回は指揮官になれるなど特典があることもあって、初参加の語り手の周りには歴戦の人殺しどもが揃っておりガハハと笑いながら人を殺す。悪態をつきながらそうした状況に必死についていく語り手だが──次第に彼自身の変態性が引き起こされることになる。全篇に渡って嫌気が指すような語りばかりなのだが、それが最後に炸裂してくれるのがいい。

七たび戒めん、人を殺めるなかれと

「七たび戒めん、人を殺めるなかれと」は各地に点在するピラミッドを崇拝する宗教を持つ、ジャエンシという種族の物語。そんな惑星にカルト的な宗教団体〈鋼の天使〉がやってきて、偶発的に殺し合いになってしまい、先進的な武器を持つ〈鋼の天使〉がジャエンシの虐殺を始めるのだが──、という話で、ラストらへんの展開は僕には正直意味不明なのだが、ジャエンシにまつわる祈祷の方法から死生観、独自の彫刻など文化人類学的な描写の楽しい一篇である。

スター・リングの彩炎をもってしても

「スター・リングの彩炎をもってしても」は非有空間異常と呼ばれる事象によって生まれた点を拡張することで、宇宙の遠く離れた別の場所へと転移できることが判明した世界を美しい情景と共に描いていく。非有空間異常を人間の宇宙船が通れるように押し広げるには莫大なエネルギィが必要であり、それを実現するのがスター・リングと呼ばれる大規模な施設だ。核融合エンジン千基を用いたエネルギィを投入すると空間の中心の光点はぐんぐん広がり、様々な色を帯びた渦巻く光の円盤と化すという。

そうして幾つものスター・リングが建造されたが、その中に特異なものがひとつある。飛び込んだ先に本当の意味で何もなく、膨張する宇宙の外側にあるのではないかと言われる〈絶界〉がそれである。その何もない恐ろしいほどに孤独な場所で、研究者らは空間異常を一時的に広げる技術の持続時間を少しでも長くする研究を行っているのだが──と非常にそそる導入で、極彩色に彩られた実験過程が紡がれてゆく。

この歌を、ライアに

人類よりもさらに古い歴史を持つシュキーン(という種属)の都市へ、テレパスのカップルが降り立つ。なんでもシュキーンらはたった一つの宗教を持っており、なんでもそれによるとみな50歳になるとグリーシカという寄生生物に進んで食われてしまいうのだという。別の現地の種属がそうしたいんならええやんけと思うところだが問題は人間の多くもその宗教に入り、寄生生物に食われはじめるのも目前だという。

それをなんとかするのがテレパスカップルの役割なのだが、状況を調査していくうちにテレパスの一人であるライアの言動がだんだんと宗教色を増していき──と二人の燃え上がるような〈愛〉について、人間がどうしても逃れられぬ絶対的な〈孤独〉について、またそれをいかにして回避するかについて──多様な価値観がぶつかり、お互いがテレパスであることも相まって破壊的に感情が高まっていくこととなる。

収録作の中でも、ぴか一の傑作かと。

おわりに

ほとんどの作品の初出は1970年代(ナイトフライヤーだけ1980年)だが、今読んでもほとんど古さを感じない。他惑星が舞台であっても、主軸になるのは屍使いやテレパスたちや神話や宗教だったりするから当然かも知れないが、それとは別に紹介でも繰り返し書いたように著者の小説構成スキルの高さ、それに各作品に込められた熱量ゆえだろう。その熱が乗り移ったかのような酒井昭伸氏の訳者あとがきも合わせて素晴らしい一冊であった。堺三保さんの映像作品周りの解説もグッド。