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脳科学・神経科学的な観点からの専門的な記述に支えられた「発想法」──『柔軟的思考 困難を乗り越える独創的な脳』

柔軟的思考 困難を乗り越える独創的な脳

柔軟的思考 困難を乗り越える独創的な脳

変化のはやい時代、これまでになかった新しいアイデアを生み出す必要性が増している今、型にはまった考え方から抜け出し、柔軟な思考をするためにはどうしたらいいのか。レナード・ムロディナウによる『柔軟的思考 困難を乗り越える独創的な脳』は、そんな「柔軟な思考」が、解剖学的・神経科学的にどのような状態なのか、またどうすればそうした状態を維持できるのか──について書かれた一冊である。

僕は型にはまった考え方から抜け出したいと思うことがあまりない生活をおくっているのでそこまで興味のあるテーマではないのだけれども、著者のファンであり(他の著作は『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』や『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』)読んでみたらめっぽうおもしろいかった。本書ならではの視点といえば、脳科学・神経科学的な観点からの専門的な記述にあるだろう。

 柔軟的思考をすれば、まったく新しい問題を解決することができる。従来の秩序の向こう側を覆い隠している、神経学的および心理学的な障壁を乗り越えることができる。本書ではこの先、私たちの脳がどのようにして柔軟的思考をするのか、それを育むにはどうすればいいかに関する、近年の研究の大きな進展を探っていく。

へー柔軟的思考ってスゲーな、と思うところだが、そもそも「柔軟的思考」とはどのようなもののことなのだろうか? 原語のelastic thinking がそれにあたり、分析的推論とは異なり、〈ボトムアップ〉と科学者らが呼んでいるプロセスから生じるものだという。たとえば暗算などの計算活動はトップダウン方式であり、逆に、おもに無意識の中でおこなわれ、複数の思考の連鎖が並行して薦められるような非直線的な処理モードのことをさしている。それがようはなんやねんという話ではあるが、大雑把に言ってしまえば、「休暇にどこに行きたいか」に対して考えるようなもののことで、明確な答えのない問いに対して答える能力・場合のことであると思われる。

どうしたら柔軟的思考に到れるのか

で、本書のおもしろいところのひとつは、「思考しているとはどのような状態のことか」、「逆に、自動操縦的に行動している人間はどのような状態にあるのか」という「そもそも」のところから問い直してくれるところにあるのだけれども、なかなかややこしい部分でもあるのでこの紹介の中では割愛しよう。本書の後半部からは具体的にじゃあどうすれば柔軟思考にたどり着けるのよ、という話にうつっていく。

その中で個人的におもしろかった箇所をつらつらあげていくと、まずは、人間の脳は何もしていないリラックスしている時にもデフォルトモード・ネットワークと呼ばれる状態で連合野が活発に活動しており、それが発想に影響を与えているという点。だから、何もしていない時間、何も考えないでぼーっとしているような時間が実は「アイデアを出したり、問題解決する」という観点からすると非常に重要なのだ。たしかに、僕も仕事でプログラムを書いていてよくわからないバグに出くわした時、スパッと諦めて家に帰ってまた朝出社してくるとなぜか突然解決策が思いつく、ということが何度もあった(から僕は何か問題があってもすぐに諦めて帰る人間になった)。

また、3つの単語を被験者に提示し、次にその3つの単語それぞれと一般的な複合語やフレーズを造ることのできる4つ目の単語を考えてもらうと言った「ひらめき」を測定する連想実験では、左脳は明白な連想を行って、右脳は(右前部上側頭回)は漠然とした連想と風変わりな答えを探す、といったように右脳と左脳で役割分担がなされていることがわかったという。で、そのどちらが有用かを脳内で裁判するわけだが、その裁判官役として前帯状回と呼ばれる脳梁のすぐ上にある部分が関わってくる。

これはまだ証明されていないが、前帯状回がほかの脳領域を監視し、各半球の話をどの程度聞き入れるかを制御する役割を果たしているようなのだ。最初は左半球の型通りのアイデアを試させ、それがだめなら右半球側の突飛なアイデアを採用する──というように。だから、何かを必死に考えていて行き詰まった時でも「今はまだ左半球の意見しか聞き入れられていないからこのまま粘れば右半球の突飛なアイデアを前帯状回が取り入れてくれるはず……」と耐え忍ぶことで突破口が開けるかもしれない。

これに関連してめっちゃおもしろい話として、この連想三語実験にある禅僧がチャレンジしたところ、最初は一問も正解することができなく、途中で中断しようとしたがある一問を境にして、突然ほぼ全問するようになったという。これほどまでに実験中で点数が突然上がった人間は他にいなかったという。ようは、禅僧は自分の思考プロセスを深く意識して、精神状態というか脳のスイッチを切り替えることで突如として応えられるようになったんだ、と著者は結論付けており、ホントかよと正直疑わしい気持ちもあるのだけれども、とにかくエピソードとしてはおもしろい。

脳のどこをいじったらいいのか

脳のある部位が柔軟的思考に影響を及ぼすなら、そこをイジれば柔軟的発想ができるようになるのでは? と思うが、実際にその手の実験も行われているのが凄い。たとえば、ある実験では、スポンジ電極を認知フィルターシステムに属する外側前頭前野に貼り付けて、短い電流を流しその部位を働かなくさせた。その後、柔軟的思考力を要する問題*1を解かせたところ、電流を流す前は正解できなかった被験者のうち40%が正解できるようになった(電流を流されなかった対照群は、変わらずゼロ。)

人間の脳はボトムアップ式にさまざまな反応の選択肢を生み出すが(たとえば腹が減っている時に、隣に座っている人が何かを食べていたらそれをパクっと食べちゃうとか)、実際にはバカげた選択肢や社会のルールに反するものも数多くあり、外側前頭前野がトップダウンの指揮をとって選択肢に重みをつけてバカげたものは却下する。なので、外側前頭前野が働かなくなると人は突飛な発想を取り入れられるようになるということのようだ。ここに障害をおったひとは、他人のテーブルに載っているフライドポテトを食べたいからという理由を止められなくて食べてしまったりと問題行動に繋がるので、意図的に麻痺させるのは(できたとしても)やめたほうがいいだろう。

手っ取り早い方法

もっと手っ取り早い方法はないの? と思うかもしれないが、実はある。マリファナを吸った人間に対する柔軟的思考の能力を測定するテストでは、しらふのときに出来が良かった人は影響を受けなかったが、逆に出来が悪かった人は成績が上がったという。マリファナの活性成分であるTHCという化学物質は、前頭前野のフィルター機能を抑えるので、元のフィルター機能が高めの人はそれで効果が出たのだろう。

おわりに

結局、手っ取り早く柔軟的思考の力を増したければ、とりまマリファナを吸え! ということになるのかもしれないが、言うまでもなくリスクのないものではないのでご利用は計画的に……。冗談はさておきこの記事で紹介した以外にもいろいろな柔軟的思考に至るための解剖学的な道筋が紹介されているので、興味のある人はぜひといったところ。

*1:正方形型の9つの点を、4本の直線を使って結べというもの。正方形の内側に線を引いてはダメで、正方形の外側にはみ出させるという、見えている枠組みを超える柔軟性が必要とされる