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空間認知の心理学・神経科学的基盤から、漫画の中の空間論まで──『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』

Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる

Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる

意識、思考といったものは、我々の頭の中だけで作られるものではなく、空間と身体動作と意識の相互作用・統合によって形作られていくものである。たとえば、極端なことをいえば人間の赤ん坊は自分の手や足といった体が自分のものであることを理解していない。手を自分で、意識的に動かしているとは気づいていない。

親が指を近づけると、最初赤ん坊は握るが、それは反射的なものであって、見えなくなると追いかけない。だが、次第に手と意識が統合されていき、離れていく指やガラガラを自分の意志で追えるようになる。そのあたりは地味で基本的な部分だけれども、「身体動作」と「空間」と「思考」の関係は広い領域に広がっている。

たとえば、我々は地元であれば大抵、道端で駅はどこだとか市役所はどこだとか聞かれれば、その場を起点にして答えられる。ああ、この道を真っすぐ行って信号3つ目で左だよ、とか。それは頭の中に地図があるからだが、どのような神経科学的理屈がそれを可能にしているのか? また、我々は向かい合った相手の視点にたって、位置関係を説明することができる。自分の右側にあるペンを指す時に、貴方からみて左側のペン、とほとんどのひとは即答できるように。それはいったい何故なのか。

漫画、アニメ、スケッチ、地図や折れ線グラフを描く時といった行為は「頭の中の表現・世界・アイデアを、空間の中に落とし込む」ものであり、我々は思考を表現する時にも、空間認知は分かちがたく組み込まれている。本書『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』は、そうした空間と認知能力について神経科学的な基盤から心理学からはじまって、空間の認知能力には癖があり、時間の進行方向を描きたいと思った時、人がそれをどう文字や絵、流れに落とし込むのか、といった定式。また、空間や時間について、どのような表現が伝えやすいのか、という漫画やダイアグラム、説明書のような、表現の分野にまで踏み込んでいくことになる。

概念が複雑なので仕方がないものの、文章自体はけっこう回りくどくてわかりにくいが、きちんと読むに値するだけの一冊だ。

身体動作と脳

身体動作と思考は密接に関連しあっている。たとえば、人間や猿に道具を使った経験をさせる。熊手を使って遠くのものを取り寄せる、といった風に。続けると、引き寄せることがうまくなり、道具を身体の一部のように扱えるようになる。そうすると、手が動くのを追跡する脳の部位が、手だけでなく熊手にまで対象を広げる。

ロンドンで長年タクシー運転手をやっているベテランを対象にした実験では、新人タクシー運転手よりも海馬が大きかった。長年ロンドンの複雑な町並みを走り、その地形を頭にいれることで、思考・意識というより脳自体が変わっていくのだ。

神経科学的基盤

運転手の海馬が大きくなっていることからわかるように、海馬は認知地図を作る上で大きな働きを持っている。たとえば、ラットによる実験では、ある場所にいる時に発火する、対応した場所細胞が海馬にあることがわかっている。ただ、場所細胞だけでは、自分が「どこにいるか」を判断することことができない。そのため、場所細胞だけでは、なぜ脳が自分の位置を把握する地図機能を持つのかわかっていなかった。

それを可能にするのが、海馬の近くの嗅内皮質に存在するグリッド細胞だ。このグリッド細胞は、海馬と相互接続して、二次元空間的に場所細胞を整理する。嗅内皮質の神経細胞は、場所と対応する場所細胞と違って、空間内における規則正しい格子状の点すべてで活動していることからグリッド細胞と呼ばれており、自分が今どこにいるかを教える機能を担う。場所細胞に問題が起こると周りを認識できなくなり、グリッド細胞が不調になると自分が世界のどこにいるかが理解できなくなる。

で、これは仮説だと断りが入っているのだけど、我々が実際の空間だけでなく、頭の中で概念的な場所や抽象的な空間にまで対応できるようになったのは、この場所細胞とグリッド細胞が流用されているからではないのかという。たとえば、場所、計画、アイデアが海馬の場所細胞に相当し、グリッド細胞はそれらの場所やアイデアの関係に対応する。空間思考を支える神経基盤が、抽象的思考を支えている(のではないか)

場所やアイデアには空間的、時間的、概念的なものがある。グリッド細胞はアイデアの関係に対応する。場所やアイデアには空間的、時間的、概念的なものがある。グリッド細胞は方眼紙のように、繰り返し使用し、再配置できるテンプレートなのだ。するとなんと! 空間的思考を支えるのと同じ神経基盤が、抽象的思考を支えることができるのだ。

グリッド細胞は二次元上に表現されるもので、それを抽象的思考のもとにしている人間が三次元で考えるのが難しい理由はそれなのではないかとも重ねている。

時間と空間

本書では序盤の章でそうした神経科学的な基盤や身体動作と意識の基本を抑えていて、後半の章はその発展編といえる。たとえば、第八章(全十章中の)では、「人がつくり出す空間:地図、ダイアグラム、スケッチ、説明、コミック」といって、人の表現物の中にある「空間」に焦点を当てているのだけど、これがめっぽうおもしろい。

たとえば、そのうちの一つは時間の表現について。何百人もの子どもや大人を対象に、朝食・昼食・夕食の時間を示すためにマークをつけてもらう実験を行ったところ、ほとんどが食事の時間を横向きの一直線に並べた。そして、時間が右に流れるか左に流れるかは、人の読み書きの習慣で異なった。英語であれば左から右なので、時間も左から右。アラビア語話者は右から左へ。ヘブライ語は右から左に書くが、数字は左から右に書くので、半々だったという。日本人の例は書いていないが、日本人は縦書きの場合は右から左だが横書きの場合は左から右だから半々かもしれない。

こうした時間の進行方向は漫画やアニメ(本書ではアニメには触れてないが)の進行方向に関する議論にも関わってくる。もっとも、漫画の場合は読み書きの流れというよりもページをめくる方向の圧力が強いはずだが(日本のマンガを西洋に翻訳する時にめくり順が逆になる問題についても軽く触れられている)。また、時間&進行方向だけでなく、数量の増加は、おそらく「重力にさからう」ものというイメージを反映して下から上へと向かうのが普通であったり、デザイン観点からも興味深い。

おわりに

我々は常に空間を認知し、それを脳内に展開して、さらにそれを絵や漫画、説明の際に表現として落とし込み、それをさらに頭の中に取り込んで世界を理解する。つまり空間認知・空間表現のループの中にいるわけで、空間について考えることはそのまま我々はどのように生きているのかを考えることに繋がってくる。非常にスケールの大きな本で、研究的・デザイン的観点から、どうやったら空間認知能力を鍛えることができるのかといったビジネス書・教育的な観点もあり、取り扱うテーマとしてもたいへん広い。ちととっつきづらい面はあるが、興味のある人はぜひどうぞ。