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資本主義の中に取り込まれてしまった最後の竜を描く、最高の現代ファンタジィ──『最後の竜殺し』

最後の竜殺し (竹書房文庫)

最後の竜殺し (竹書房文庫)

この『最後の竜殺し』は昨年、人口の99%以上が冬眠する極寒の世界をファンタジック&リリカルに描き出してみせた『雪降る夏空にきみと眠る』で(僕の)喝采をさらっていった作家、ジャスパー・フォードの最新邦訳である。いやー今回もめちゃくちゃへんてこで、それでいてポップで、とにかく楽しい、最高の現代ファンタジィだ。

書名に「最後の竜殺し」と入っているように、最後のドラゴンスレイヤーについての物語なのだけれども、いったいなにが「最後の」なのか? まず、本作の舞台となっている時代は、資本主義とエンタメが渦巻する現代。科学が発展し、それに伴ってなぜか魔法の力もどんどん弱まっている時代だ。たとえば、昔は天気予報で稼いでいた魔法使いたちも、もはやただの趣味にしかならない。魔法はどんどん面倒くさくなって「割りに合わない」ものになっていった状況の話なのである。

どんなにささやかな魔法でも、使うときには『恭順証書』と呼ばれる魔術師免許を持ってなくっちゃならないの。免許が取れたら、認可された”魔法管理会社”に配属される。そして魔法を使ったときは毎回必ず書類を提出しなくちゃならない。千シャンダー未満なら、”B2-5C”の用紙。千以上一万シャンダー未満なら、”B1-7G”、1万シャンダー以上のものは”P4-7D”の用紙をね」

そうした魔法の力が衰え管理されている世界であっても、まだドラゴンは存在している。ただし、ドラゴンはかつて強靭な魔術師との協定によってドラゴンランドの中に引きこもっていて、徐々にその数を減らしてきた。現在生き残っているのは最後の一頭のみ。ドラゴンに対抗するための存在で、代々たった一人の後継者に受け渡されていく「ドラゴンスレイヤー」の存在もまた、最後のひとりに近づいている。

で、そんな世知辛いファンタジィ世界で魔法使いたちが所属する会社を15歳にして代理社長として取り仕切っていかなければならなくなった少女ジェニファー・ストレンジが実は最後のドラゴンスレイヤーであることが判明して──と、彼女を中心としてドラゴンをめぐる冒険が始まるのである。ドラゴンランドは広大な土地であり、最後の竜が死ねばその土地の権利は宙に浮く。多くの人間は単なるゴシップとして竜の死に興味があるが、その広大な土地をゲットすればその資産的な価値は計り知れない。

ドラゴンランドに入ってドラゴンを殺せるのは、ドラゴンスレイヤーのみなので、ジェニファーは15歳にして資本主義の荒波に揉まれていくことになるのだ。

設定の詰めが素晴らしい

素晴らしいポイントはいくつもある本作だが、まず良いのは先の引用部にもあるような、「現代に魔法が存在していたら……」についてのディティールの詰め方だ。ジェニファーは魔術師たちを束ねるカザム魔法マネジメントの代理社長をやっているが、経営は順調とはいいがたい。魔術師は歳をとっていて、魔法の力は弱まっている。

魔法の力には一日の使用量に限度があるから使い所をみきわめなければならない。であれば、どのような業務に参入すべきか? 家のモグラを魔法で追い出すとか、なくしものを見つけるといったことは簡単にできるが、金にはならない。だが、配線の修理であれば魔術師は家に手を触れる必要もなければ引っ剥がす必要もないから技術的な優位性がある──みたいにかなり世知辛い魔法話が地道に展開していく。

魔法というのは、手っ取り早く呪文を唱えて力を解きはなてばききめがあらわれるというものではない。まず最初に問題をきちんと見きわめて、どの魔術を使えばいちばん効果的かをあらかじめ値踏みし、そのうえで呪文を唱えて力を解きはなつのだ。三人はまだ「問題を見きわめる」段階にいた。「見きわめ」の具体的な作業は、たいていの場合、上から下までじろじろ見まわして、お茶を飲み、話しあって、意見がぶつかって、また話しあって、お茶して、またじろじろ見まわす……というようなことだ。

ドラゴンが死ぬ

そうやって忙しい日々を送っていたジェニファーだが、ある時彼女の事務所のひとりが、最後のドラゴン・モルトカッシオンがドラゴンスレイヤーの剣に刺されて死ぬ日を予言する。具体的な日付はわからないが、来週中なのは間違いない。

この情報は、先に書いたように超重要情報だ。もしその日、その時間にドラゴンランドに一番乗りできれば、その土地を一瞬で自分のものにできる。それ以前から侵入してテントでもはってりゃええやんと思うかもしれないが、超強力な魔法が張り詰めているからドラゴンがいる状態で入ろうものなら即死だ。で、ジェニファーのところにいる以上の予知能力者などほぼ存在しないので、みなが彼女の元へ訪れるのだけれども、そこでの彼女の対応がまた偉かった。目先の金を追おうと思えばいくらでも追える状況で、ドラゴンの死をダシにして金を稼ぐのを手伝ったりなんかしたくない。

ドラゴンの近くには魔法の力が満ちていて、ドラゴンを売ることは魔法を売ることだ。だから、情報は絶対に売らないと宣言し、情報を報道局にリークしてしまう。

「ばかなことをしたね」わたしはいった。「ばかだけど、勇敢なことだった」
「ぼくらふたりともね。ミス・ストレンジ。仕事をやめそうになってたじゃない。やめてもらっちゃこまるよ」

報道局にリークしたことでドラゴンが死ぬ日は誰もが知るところになった。報道陣は連日押し寄せ、グッズなども作られ、資本主義がガンガン駆動していく。ジェニファーはそうした状況下において、ドラゴンのことをもっとよく知らねばと決心し、ドラゴンに最も詳しい存在と思われるドラゴンスレイヤーを探すことになるのだが──。

やっと見つけたドラゴンスレイヤーはこのドラゴン・システムが完成したとき(400年以上前)から予定されていた後継者を探していて、なんでもジェニファー・ストレンジがまさにそれであるという。本来は10年間かけて勉強し、深く学び、精神的な調和を体得してからでなければドラゴンスレイヤーになることはできないが、何しろ時間がないのでジェニファーはドラゴンスレイヤー速習コースを受けることになる。

本に手をのせて1分でドラゴンスレイヤーのなんたるかを叩き込まれ、「見習いになるだけだよ」といっていたのに実際には引き継ぎまで終わったことにされ、無理やり最後のドラゴンスレイヤーとしてメディアの前に出ることになるのであった……。ルートディレクトリが云々という話も出てくるし、本作における魔法概念のベースはプログラミング言語っぽいんだけど、このあたりのくだりも「未経験者に一週間プログラミング研修を受けさせて、客先には経験3年のプログラマといって売り込むクソIT企業」っぽいな……(そういう企業は実際にある)と思いながら読んでいた。

おわりに

最後のドラゴンスレイヤー、モルトカッシオンを(何らかの理由によって)殺す者として一躍有名になったジェニファーは最終的にはバッジや記念のマグカップに採用されもみくちゃになっていくのだけれども、はたして彼女は本当にドラゴンを殺すのか。殺すとして、一切の悪感情を持っていないはずの彼女がなぜ殺すはめになるのか。殺した時に、この世界に一体何が起こるのか。すべてがクライマックスで弾け飛ぶように綿密に計算されたプロットで、最後の一瞬までまったく目が離せない!

彼女が連れている魔獣のクォークビーストはスターバックスで偶然拾ったものだとか、要所要所で「現代と魔法」が交錯していて、これこそまさに「現代ファンタジィ」といえるだろう。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp