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潜入捜査を続けるうちにすっかり親友になってしまった男たちの、背反する友情の実話ノンフィクション──『詐欺師をはめろ──世界一チャーミングな犯罪者VS.FBI』

詐欺師をはめろーー世界一チャーミングな犯罪者 vs. FBI

詐欺師をはめろーー世界一チャーミングな犯罪者 vs. FBI

  • 作者: デイヴィッドハワード,David Howard,濱野大道
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/08/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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めちゃくちゃエモい

いやー正直ぜんぜん期待していなかったんだけど、これはめちゃくちゃおもしろかった! この『詐欺師をはめろ──世界一チャーミングな犯罪者VS.FBI』は、1970年代のアメリカを主な舞台として、世界中で金をだまし取っている詐欺師フィリップ・キッツァーと、この男をとっ捕まえるために潜入捜査官として仲間になり、信頼関係を築き上げてゆく二人の若きFBI捜査官の実話ノンフィクションだ。

で、なぜ期待していなかったかといえば、そもそも潜入捜査だから何なの? それおもしろいか? という疑問があったからだが、実際に読んでみればこのフィリップ・キッツァーという詐欺師、異常に魅力的な男なのである。もちろん詐欺師で、金を巻き上げる悪い男だ。でもそのスタイルはケチケチしさとは無縁で、騙して奪い取った何百万ドルものお金を貯蓄もせずに豪快に使い、台湾、東京、フランクフルト、全米各地といった世界中を回りながら酒を飲みまくるスカッとしたところがある男だ。

そのうえ、潜入捜査官であるブレナンとウェディックは無論常に相手を騙しているわけだからそれ相応の緊張感はあるわけだが、キッツァーの腹心の部下となってその世界珍道中に同行し続け、一緒に酒を飲んでバカをやり、大半の時間は真の友人として日々をおくっていく。人間のたしかな本心などわかりようもないが、キッツァーは自分たちがFBIにその立場を脅かされそうになったりギャングとの修羅場に巻き込まれそうになると、まず真っ先にブレナンとウェディックを逃がそうとする。

「お前たちは関係ない」「仮にFBIに捕まっても自分たちは一切関係がありませんとシラを切れ」と二人に言い含め続けた。それが単なるポーズではない証拠に、キッツァーは最終的に実際に自分が逮捕された段階になってもなおブレナンとウェディックは関係がないとかばっているのだ。悪党どもの話だが、同時に男たちの背反する友情の話でもあり、無茶苦茶な金の使い方をする日常はきらら漫画のような尊さに満ちていて──、一言で表現すれば、めちゃくちゃにエモい男たちの話なんだよなあ!

ブレナンとウェディックもその友情を大切に思っていて、同行している間は緊張すると同時に楽しみ、キッツァーを懲役刑おくりにする際も司法のさばきを受ける以外の苦難は積極的に対策してやり、出所してきた後も一緒に仕事をするようになるという、後味の悪さがないところもな……男たちの友情物としていいんだよなあ……。

どのような詐欺をしていたのか?

キッツァーの詐欺の手法は多岐に渡っていたが、多く使われていた手法は詐欺文書を用いたものだ。通常は借りられないような金を借りたがっている、困窮した相手を見つけてきて、相場からすれば少額の手数料をいただければ、お金を銀行から借りつけてみせる、と誘導する。で、それを実行するためにキッツァーらは書類上存在する偽の銀行を用意しており、手数料1万ドルを受け取ることでこの偽の銀行から10万ドルの預金証書が発行される。そうすると今度はその預金証書を元手に、別のきちんとした銀行から金を借りることができ、キッツァーらは一切の金もなくこれで1万ドル儲けることができる。これを世界中で、何十、何百万ドル規模でやっていたのだ。

この手法のひどいところは、話の途中で借り手側も実質的に共犯者になってしまうところだった。明らかに手数料1万ドルで10万ドルの預金証書が手に入るのはおかしい。でも無茶な手段で金を得ようとしているのはそれだけ困っているからなので、自分からは言い出せず、騙されていたことに気がついたあとも通報しない。また、銀行も騙されても「自分たちは騙される間抜けです」と顧客に知られることを恐れ、「これは単なる取引の失敗だ」と通報しないことが多々あった。用意周到に人の弱みにつけこんで、自分たちの尻尾を掴ませようとしない詐欺師、それがキッツァーだった。

おっさんたちのきらら感

だがFBIが目につけたわけだからキッツァーのやり口、その名前は広がっていて、ちょうど彼は自分の手足となって動ける人間を探していた──そこにちょうどブレナンとウェディックが現れたのである。当時FBIにはまだおとり捜査の細かな手順やルールは決まっておらず、二人はほとんど訓練もなくぶっつけ本番でおとり捜査をやることになる。結果として二人は怪しさまるだしでキッツァーとはじめて出会った時「ふたりともFBIの捜査官みたいに見える」と言われてしまう始末である。

『「潜入捜査官に不気味なほど似ている」と捜査のターゲットとなる相手に指摘された潜入捜査官は、彼らが史上はじめてだったにちがいない。』この状況はギャグにしか思えないのだが、そこまであからさまに怪しい格好を(こざっぱりとしていたらしい)しているはずがないと思ったのか、二人をちょうどいい自分の代理人として育て上げるために自分と各地での取引に同行することをキッツァーの側から提案し、これ幸いを受けることにし、摩訶不思議な珍道中がはじまるのである。

この珍道中、キッツァーが無軌道な行動をとるせいで、常にてんやわんやしているのがおもしろい。たとえばキッツァーらがバーで飲んでいるのをカウンターから見守っている仲間のFBI捜査官(女性二人)をキッツァーが口説き始める。飛行機までの待ち時間に飲みに行こうとリゾートに行くと、やっぱ無理して今日の便に乗る必要はないししばらくここで遊んで暮らそうぜとFBI捜査官二人に語りかける(FBI捜査官は国の移動の場合常に相手国や仲間に連絡を入れないといけないから無許可離隊になってしまう。実際、それで何度も予定の変更を余儀なくされている)などなど。

キッツァーとブレナン、ウェディックのほっこりエピソードは無数にあるのだが、僕が好きなのはフランクフルトのスパ施設でのエピソード。彼らが一緒にスパに入っていると、たくましい体つきの女性にあなた方はスパの規則を守っていないと怒られ、シャワーを浴びせられ、次いで小さなプールの前へと連れて行かれる。キッツァーは軍曹とあだ名をつけたその女性となぜ決められた規則を守る必要があるのかを議論しあっているが、その時ブレナンは小さなプールは水深が浅く、水中に潜ってもすぐに戻ってこれそうだったので、これは悪くねえと考え、プールに飛び込んでしまう。

 わずか数ミリ秒で、ブレナンは誤算に気がついた。体は瞬く間に水に包み込まれた。その水は、かつて経験したことがないほど冷たかった──水温は三度。水面に浮かぶ瓦礫をつかもうとする難破船の生存者のごとく、ブレナンは頭を水中から出し、眼を見開き、はあはあとあえいだ。梯子へと急ぐと、すぐにプールの外へ出た。
 キッツァーとウェディックは声を上げて笑った。一瞬の隙を突き、軍曹がキッツァーの腕をつかんでプールに押し込んだ。キッツァーもすぐさま水面に顔を出し、眼を満月のように見開き、息も絶え絶え空気を肺に送り込んだ。心臓発作を起こすところだった、と彼は軍曹に大声で訴えた。

続けてウェディックも飛び込むのだが──と、このへん、ほんとにどうでもいいエピソードなんだけど仲がよくて笑ってしまうんだよな。そもそも疲れたし一緒にスパに行こうぜ、と誘ってるのもFBI捜査官の方だし。

おわりに

さて、とはいえ無論二人は税金を湯水のように使いながらただ楽しんでいたわけではない。キッツァーは気まぐれな人間で、時に二人がいない間に勝手に部屋に入ってきて荷物を漁っていたりする。時にカードが見つかれば、銀行に電話をかけて個人情報を引き出そうとしたりもしている。いったいキッツァーはなぜそうした行動をとるのか? 彼らのことを怪しんでいるのか? など全篇通してドキドキしっぱなしだ。

キッツァーは最終的には逮捕されてしまうわけだが、ついにその時二人が「自分たちはFBI捜査官なのだ」と明かすシーンなど、涙なしには読めない。三人は確かに敵同士ではあるのだが、その友情もまた本物なのだ。