- 作者: デレク・クンスケン,金子司
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/11/20
- メディア: 文庫
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あらすじをざっと紹介する。
あらすじを紹介すると、魔術師と呼ばれる腕を持つ詐欺師ベリサリウスが、サブ=サハラ同盟と呼ばれる小さな国家から、厳重な警備によって守られたワームホール・ゲートに気付かれないように艦隊をまるっと通すという普通は実行不可能な作戦を依頼される。ベリサリウスはその作戦を遂行するために、各地から特殊な技能を持つ者たちを集める必要にかられ──といった感じで、曲者たちが勢揃いして時に対立したり、ロマンスが発生しながらこの未曾有の作戦の準備を進めていくことになる。
僕は最初に書いたように『オーシャンズ11』とか、『インセプション』とかちょっとズレるけど『シン・ゴジラ』とかの、「困難なミッションを遂行するために金はかかるが腕のたつ曲者が集まってくる」系の話が大好きだから、もちろん本書も大好物! とにかくね、ベリサリウスが最初に仕事を依頼されてその時に返す言葉からしてもう最高なんだよね。「これこれ、こういうのがほしいんだよ!」という感じ。
「派手な見せかけは金がかかる」と彼はいった。「宇宙船や不動産を買う必要がある。役人を買収する必要もあるだろうし、その分野で最良の腕をもった連中に、かなり高額の報酬を提示しないといけない。潜入するスパイが必要で、ほかにも爆破の専門家、航法担当、ほかに並ぶ者のない電子機器の天才、遺伝学者、そしておそらく、異形の深海ダイヴァーと経験豊富な詐欺師も」
ベリサリウスは、量子の重ね合わせの状態を観測して破壊してしまわないように意識や主観を捨てられるように遺伝子操作されたホモ・クアントゥスと呼ばれる人間の亜種であり、人間はありえないほどの計算能力、予測能力を有している。故に、詐欺などしなくても金はいくらでも稼げるのだが、彼が詐欺を──それも彼の能力を存分に発揮するような超絶怒涛の詐欺を求めるのは、彼の本質的な部分と関係がある。
本質との戦い
というのも、ホモ・クアントゥスは世界の謎に対する好奇心が増大させられていて、その有り余る計算能力と好奇心を充足させるために彼らは数学やら宇宙論などの抽象問題に注力しているのだよね。で、ベリサリウスはとある理由からそれを嫌って故郷を離れ人間たちの世界に出てきて、そこで脳を忙しくさせ、知的好奇心を満足させるために十分に複雑な詐欺計画に携わっているのである。『こうすることでおれは生きつづけることができるし、おれは生きつづけることをまさしく望んでいる。』
この世界には他にも、深海の底でしか生きられないように遺伝子操作され、醜い姿をしているホモ・エリダス。創造主であるヌーメンを崇拝するように生化学的に生まれついているパペットであったりと、様々に遺伝子改変された人間の亜種が存在しているが、まさにそうした”特殊な存在”だからこそ今回のミッションに一人一人スカウトされていく。そして、作戦の過程でそれぞれの「本質」と向かいあっていく。
このへんは、遺伝子改変が自由になった世界での人間の本質とは何なのかを問いかける、SF的におもしろい部分である。たとえば、一見したところホモ・クアントゥスは豊富な好奇心を有し高度な予測能力を有する進化した人間であるとみなすこともできるだろうが、一方で彼らは数学や宇宙論に没頭するように「あらかじめ作られてしまっている」ともいえる。ベリサリウスがそうした生活を捨ててわざわざ詐欺で自分の脳を慰めているのは、そうしたあらかじめ決定付けられた自分の本質への抵抗でもあるのだ。『あなたは一二年にわたって、自分の本質と戦ってきたのね。』
おわりに
ホモ・クアントゥスが主観を失うことで入ることができる特殊な”量子フーガ”と呼ばれる状態であったり、多種多様な亜人種と本質をめぐる議論、先史文明が残したとされるワームホールの謎──とてんこもりの世界観なのでこれ一冊で終わっちゃうの悲しいなあと思っていたら続編(『The Quantium Garden』)があるらしい。
本書も600ページ超えではあるものの描写と展開は素直で読みやすいので、興味を持った人は手にとってみてね。全体的に台詞回しがかっこいんだよなあ……。
「お世辞はうれしいが、正確ではないな」と彼はいった。「いまでは詐欺をやろうとする者がいるのかさえもわからない。全員が牢獄行きになってるだろうから」
「人はあなたのことを魔術師と呼んでる」
「面と向かってはいわないな」
「わが雇い主は魔術師を必要としている」