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日本の新本格ミステリに傾倒した著者による、もう二度と戻ってくることのない青春が蘇るような本格学園華文ミステリ──『雪が白いとき、かつそのときに限り』

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

前漢時代の百合ミステリで(僕の)度肝をぬいた『元年春之祭』の陸秋槎による学園ミステリがこの『雪が白い時、かつその時に限り』である。陸さんは北京生まれの中国作家ではあるものの現在は金沢在住。日本語も当然のように使いこなし、日本のアニメ・本格ミステリに対する造詣と愛情が深い(のでTwitterアイコンがラブライブ)という強烈な存在で『元年春之祭』の時から注目していたが、今作も本当に凄い。

『元年春之祭』はいろいろなフックを構えて、技巧的に構成しながらそこに自身の趣味を詰め込んでいくある種の抑制を感じる作品だったが、それと比べるとこの『雪が白い時、かつその時に限り』は完全無欠に趣味大暴れというか、好きな要素(雪による密室、学園、百合、推理好きで過ぎ去った青春への憧憬を抱える20代女子、重い関係性、才能と平凡について、後期クイーン問題などなど……)をありたっけ打ち込んだあと、それを無理やりねじ伏せていったような豪腕を感じる作品である。客観的にどうかはわからないが、あまりに趣味が合いすぎ、私的には傑作に感じられる。

作品の概要について

日本語が堪能といってもさすがに本作は翻訳作品(訳者は安定の稲村文吾氏)で、原書の刊行は2017年。舞台となっているのは中国南部の高校で、最初にそこで5年前に起こった一件の殺人事件の様相が語られる。事件の概要は次のようなものである。まず、ルームメイトによって部屋から追い出された少女が一人、12月の土曜日の朝に死体で発見される。左の腹にナイフで刺された傷があり、死体と一緒に落ちていた。

ナイフはその追い出したルームメイトのもので、死んだ少女をいじめていたこともあって完全に真犯人案件だ。しかし、ナイフには一切の指紋がついておらず、さらにはその日は雪が降っており、足跡は死んだ少女のものしか発見されなかった。つまり、事実上の密室だったのだ。結局警察は誰も犯人として証拠をあげることはできず、この件を自殺として処理したのだけれども、金曜を超えると学生はおおむねみな家に帰るため、土曜のこの日の容疑者は数人に絞られていた──など、非常にさあ推理できるようにしたよ!! という本格推理味にあふれる状況の仕立て具合になっている。

さあ、それを調査するのは5年後の学生である少女たちだ。中心人物のひとりは二年生で生徒会長の馮露葵(ふう・ろき)。5年経って忘れられかけていたかつての事件だが、一人の生徒がいじめによって寮からの追放処分を受けたことがきっかけで噂が再燃し、馮露葵は友人である顧千千(こ・せんせん。この名前好き。)に請われて、すでに「自殺」として決着がついているこの過去の事件を再度調べ直すことになるのだ。

女の子同士の関係性について

『元年春之祭』に続いてこの作品でもみっしりと女の子同士の関係性が描き出されていくことになるが、まず中心人物となるこの馮露葵と顧千千の関係性がいい!

顧千千はもともとスポーツの特長生としてこの学校に入ってきたのだが、中長距離のランナーだった顧千千に対してコーチは短距離に転向させ、そのせいもあって記録も残せず、不遇の日々を送っていた。短距離に転向されたことを愚痴っていたらコーチの耳に入り、判断を疑うのならば陸上部をやめなさいと言われ即退部し、自由を得たはいいものの、待っていたのはついていけない授業、低い成績、失われる学校での居場所……。それを救ったのが同学年だった馮露葵で、当時まだ庶務だった馮露葵が顧千千の教育係に指定され、小学6年生からみっちり勉強をやり直させたのだ。

 もし馮露葵が男子だったら、こんなに長期間の補習で、数百時間を二人きりで過ごして、私たちのあいだには恋の火花が散ったんだろうか──夏休みのある夜、暑さに眠れない顧千千はそんな浮わついたことを考えたこともあった。結論は当然、悲しく定まっている──馮露葵が男子だったとしても、きっといつまでたっても自分だけが一方的に想いを寄せて終わるだろう。現在も同様に、彼女のことはいちばんの友人だと内心思っているというのに、あちらは変わることなくそっけない態度で、事務的なやりとりが続いているだけだった。

と、こんな関係性の二人が現在の学校と寮の問題を解決するために動き出すわけですよ! で、もちろんそこからは本格推理っぽく、どのような状況がありえて、どのような状況はありえなかったのか。死亡推定時刻、容疑者、動機の確認──といったお決まりの手順が踏まれていくわけだけれども、重要なのはこの二人だけではない。

5年前に死んでしまった少女と、彼女をいじめていた3人にはそれ以前には特別に親密な関係があったし、5年前の事件のときはここの学生(3年生)で、ミステリ好きとして捜査に乱入し散々引っ掻き回した後、今はこの学校の図書室で司書をやっている姚漱寒(よう・そうかん)も関わってくる。とにかく僕は森博嗣のS&Mシリーズやコニー・ウィリスの『犬は勘定に入れません』などの作品を読んでから、ミステリ好きの女子偏愛っ子になってしまった人間なのだが姚漱寒も素晴らしい! 好奇心旺盛で事件にひたすらに首を突っ込み、様々な「ありえたかもしれない可能性」を列挙する。

才能と平凡さ、または名探偵について

さらにはこの姚漱寒との初遭遇シーンでは、書庫の本の並びがおかしいことが日常の謎的に推理を呼んで、姚漱寒がこの書庫でとある恥ずかしいことをしていたことがバレる──など掴みも十分。しかも単なる5年前の事件の水先案内人かと思いきや、事件の調査のために姚漱寒と馮露葵で南京や上海へ行くことになり──、顧千千ポジションを食い始める! のだけど、この二人の関係性も素晴らしいんだよなあ!

「大丈夫。私が出してあげる」長くため息を付ついた姚漱寒は、自分の財布を考えて嘆きを露わにしているようだった。「これだけ長く推理小説を読んできて、初めて名探偵になるかもしれない人に出会えたんだから、これくらいのお金はなんでもないわ。あなたが図書室でした推理は立派で、こちらは痛いところを突かれてすこし頭には来たけど、あれだけ上等な推理を聞くことができて満足だったの。あなたには才能があると信じてる。私をワトソンにするのはどう?」
「“名探偵”なんて言葉、口にして恥ずかしくないんですか。断じて私に期待しないでください、きっと失望させてしまうので」

長くなったが引用したのは、このやりとりがぐっとくるだけでなく後の展開にいろいろ効いてくるからでもある。「名探偵になるかもしれない人」に出会えたと姚漱寒は語るが、彼女はその意味では5年前に「名探偵になりそこねた人」であり、5年前の事件に関する推理パートでは、お互いの推理を披露し合う「推理合戦」とでもいうべきパートもある。はたして真の名探偵はどちらなのだろうか? というのがひとつ。

もうひとつのポイントは、馮露葵の自己評価がやたらと低いところにある。断じて私に期待しないでください、自分自身には才能がない、ただのなんの変哲もない優等生なのだと語る。「普通」なのは彼女だけではない。結局は5年前に事件の真相を明らかにできなかった姚漱寒も、特長生だったのに普通の生徒になってしまった顧千千もだ。でも「才能」があって「普通」になったのと、最初から才能がないのは違う──というのは、前者は「悲劇の主人公」というポジションに収まれるからだ。

おわりに

才能を持つこと、持たないこと。「普通」を抱えてどのようにして生きていけば良いのか。そうした悩み、不安定さはある程度に関しては青春特有のものなのかもしれないが、きらめかんばかりの「青春特有の純粋さ」と合わせて本作にはそれが十全に描き出されている。端的にいって、とても美しくて、同時に残酷な話だと思う。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp