基本読書

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特殊な能力者たちが運営する世代宇宙船《ノア》で起こった、〈ひき肉〉殺人事件を解き明かすディストピア・宇宙SF──『果てなき護り』

果てなき護り 上 (創元SF文庫)

果てなき護り 上 (創元SF文庫)

果てなき護り 下 (創元SF文庫)

果てなき護り 下 (創元SF文庫)

この『果てなき護り』はフィリピン生まれでアメリカのカリフォルニア大学で分子生物学を専攻し、その後フィリピンに戻ってコンピュータサイエンスを院で学び、作家に転じるという異色の経歴を持つデイヴィッド・ラミレスのデビュー作である。

記事名通りの世代宇宙船ものでディストピアでミステリィっぽい作品でもあるのだけれども、その後巧緻な陰謀スリラーに転じ、世界の真実が明らかになるとともに革命についての物語になり、最後にはまたとんでもないところまでいって違った景色が見え──と、一言ではとても言い表せないいろんな要素が混交した一作である。

正直前半部はだるいし、くどすぎるロマンス部分もお世辞にもぐっとくるとはいえないので、問答無用の絶賛!! というほどの完璧さはないけれども、アイディアは豊富で、コンピュータサイエンス周りの知識なんかも的確に作品に落とし込まれていて、確かにこれはいいな……としみじみしてしまうような作品だ。

世界観をまずは紹介する。

まず重要なこの世界についてだけれども、物語の舞台は《ノア》と呼ばれる世代宇宙船。すでに340年以上どこかへ向かって航行しているが、その中身は強烈な管理社会だ。《ノア》の住民に与えられる情報は厳密に統制されており、どの職につくべきかは子供時代の試験結果で決定され、異を唱えることも出来ず、その時ついた職業のランクによって知ることのできる情報(歴史も含む)に大きな差がつくことになる。

住民は神経拡張手術をしており、すべての記憶を保持し自由自在に呼び出すことができるほか、一部の人間は特別な能力を発現する。〈読心〉であったり、〈思念伝達〉、〈念動〉、〈直観〉であったり。そのへん全然科学的ではないわけなんだけれども、著者はインタビューで、『私は通常、SFとファンタジィを一緒に考えます。』と繋げてSFFであることの旨味(将来起こり得る可能性があることも、決してないであろうことも、両方が描けるので、SFFは世界の様相をそのままえ捉えることができる)を語っているので、本書はSFFと捉えるのがよいのだろう。
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で、そうした特殊な〈能力〉を持った人が多数存在するのだけれども、これのおかげで世界観の広がりが凄いことになっている。たとえば強い〈読心〉の力を持った行動科学者によって作られた「他者の記憶」に潜るシーンなどはサイコダイバーっぽい部分だし、念動力の強いものは普通に車ぐらい動かせるので能力者バトルパートがあったりもする。当然ながらディストピア、管理社会、世代宇宙船物であり、謎の事件を追うミステリィであり──と盛りすぎというぐらいにてんこ盛りの内容なのだ。

あらすじとか

物語の主人公ハナ・デンプシーは出産義務(この世界では女性は見ず知らずの精子で妊娠し子供を産むのだが、それは9ヶ月間眠らされている間に終わる。)を終えたばかりのところで、深い仲になりたいなと思っている警察官であるバレンズから誘われ、次々に見つかるひき肉のようになった連続殺人事件の謎を調査し始めることになる。

ただ、どれだけ探しても情報が見つからない。ひき肉事件に関連した情報が最初から存在しなかったかのように一切合切の情報が消されているのだ。そこでハナは、自身の〈直観〉の能力とプログラミングの腕を駆使して、「消えた情報の周辺を追うことで、欠落した情報を集め・復元する」半自動プログラムを作成することになる。

このへんの要素は後半にも繋がってくる肝の部分なんだけど、コンピュータサイエンスを専門で学んでいたこともあってかディティールは緻密でたいへんにおもしろい。そうやって事件を追っていくうちに判明した事実──なぜ彼らは地球を捨てなければならなかったのか? なぜこの世界の科学は停滞しているのか? なぜ歴史は秘されているのか?──には、《ノア》上層部が隠している恐るべき真実が潜んでいるのである。そこはさすがに読んでのお楽しみというところで、詳細は割愛しておこう。

読みどころとか

異星人、AI、サイバーパンクっぽさなど読み進めていくたびに新しい要素が出て変わっていくのが読みどころの一つなのだけれども、ところどころで著者のボンクラっぽいところが溢れ出しているのもたまらない。たとえば念動力でボディスーツを変形させたりできるのだけれども、描写から想像すると「絶対それえっちなスーツになってるじゃん!」なシーンとか、わりと読んでいて笑ってしまうところも多い。

 ロックはされてないけど、わたしのか弱い筋力じゃ持ちあげられないくらい重い。ぶつぶつ言いながら、借り物のアンプからまたパワーを引き出す。まず、ボディスーツを再度変形させて、そうでなくても薄い素材をさらに引き伸ばす。微妙に振動を与えて強靭性を上げながら、透過率を変化させていく。頭の天辺から足の先まですき間なく包みこむ新しいスーツができる。

いろいろな要素が入りすぎることで、ゴタゴタしていてだるい面もあるのですごいおすすめ! というわけではないけれども、ラストシーンの壮大さ、鮮明さについては「ここまで読んできてよかったなあ」と思わせる良さがあるので、興味がある人はなんとかそこまでたどり着いてもらいたい。このラスト系の作品ってSFでサブジャンル的にまとめられると思うんだけど、完全にネタバレなんだよなあ笑