基本読書

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歌によって駆動する船☓星間大戦なスペース・オペラ──『スターシップ・イレヴン』

スターシップ・イレヴン〈上〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈上〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈下〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈下〉 (創元SF文庫)

何者かによりもたらされた謎のエネルギィ源である”ライン”。人類はそれが何なのかといったことを理解はせずとも宇宙船の動力源とすることに成功し、”ライン”のお世話をすることのできる特殊な才能を持った一部の人々を”ラインズマン”と呼びあらわし、銀河系全域へと広がっていった。そんな世界を舞台とした本作は、ラインに対し歌で語りかけ、それを生き物のように捉えてコミュニケートする異質なラインズマンであるイアン・ランバートを中心としたスペース・オペラだ。

歌によって駆動される船☓星間大戦☓スペース・オペラというと「それ完全に着想元マクロスやんけ」、と思ってしまうところだが、幾つか著者のインタビューを読んだ限りではマクロスの影響はないっぽい。というか読めばわかるけれども、マクロスとはだいぶ別物である。肝心要の話はしっちゃかめっちゃかというか、やたらと込み入った勢力設定、ディティールへの凝り方が相まって若干面倒臭いんだけど「なにはともあれこれを書くぞおらぁ!」という強い意志の伝わってくる作風で、大変良い。

著者のS・K・ダンストールは姉妹の共同ペンネームで、本書から始まるシリーズを全て二人で書いているようだ。スタイルとしては、何時間も二人で話とアイデアを話し合い、違うキャラクタを書く時もあれば同じ章を書く時もあり、一人が編集をしている間もう一人が草稿を書くと言った感じで、割りと自由に書いているんだとか。どうにも場面の展開が早すぎ/情報が詰め込まれすぎに感じられるのはそれが原因なんじゃないのと思わないでもないけれども、それがパワーにも繋がっているのだろう。
qwillery.blogspot.jp

舞台とかあらすじとか

物語の舞台となるのは先にも書いたように何者かによって謎のエネルギィ源”ライン”がもたらされ人類が銀河系全土に散らばっていった未来。”ライン”とは純然たるエネルギィにすぎないと思われているが、その動作原理は謎につつまれており、一部の選ばしラインマン達は意識でもってラインを”押す”ことでこれを修理する。

ところがラインマンのイアンだけは、なぜか歌うことでラインとコミュニケートすることができ、その能力のおかげで僅かな数しかいないレベル10ラインマン(ラインは10レベルに分かれており、ラインマンは基本的に自分のレベル以下のラインしかコントロールができない)に到達しているのだ。他には誰もラインを歌で操作したりしないので、彼は周囲の人間からほとんど狂人のように扱われてしまっている。

ラインはレベル毎に異なる役割があって、たとえばライン4は重力を発生させ、ライン5は通信回線で、ライン10はワープをもたらし──と話を始めると終わらなくなるのでメインのストーリーラインだけ先に説明すると、人類は同盟(イアンのいる勢力)とゲート連合の大きく二つに分かれて星間戦争一歩手前の危険な状態にあり、そこに近づくものを全て消滅させる未知なるエイリアンの宇宙船が現れ、お互いにそれが戦争を終結させる切り札になると信じて奪い合いを始めるが──という感じになる。

感覚的な宇宙船

先に「マクロスとはだいぶ別物である」と書いたが、まず本作でラインズマン/イアンは実質的に整備士のようなものなので、艦隊戦がそもそも多くない。いくつかのクライマックスは戦闘ではなく艦を修理する、あるいは艦隊をワープさせることによって成し遂げられる。また、ロストテクノロジーを人類があーでもないこーでもないといじくり回してなんとか動かしているような状況なので、純然たるスペース・オペラであることに加え、ファンタジィ、呪術的的な雰囲気が漂うのもまた独特である。

下記引用部はイアンが壊れてしまったラインを、歌で修理している場面。

 低くハミングをして声をとりもどしてから、歌いはじめた。最初は柔らかく、それから次第に大きく、深く、ついにはライン6のレベルまでたどり着いた。
 砕けた音のかけらがもとどおりに編まれていく。ラインは脆いからそっと、そっと、定位置にもどるようなだめすかし、強く引っ張りすぎないように注意した。
 艦のラインを壊してはならない。こんなふうに一致団結したしあわせな艦のラインは。あたらしいライン6の導入が必要になれば、全ラインを取り替えることになるだろう。ほかのラインがあたらしいラインをけっして受け入れはしない。以前と同じハーモニーを奏でる艦にはもどれないからだ。
 時の流れを忘れ、観客のことも忘れた。これは彼の仕事だ。これこそ、自分の得意とすることだ。

ページのほとんどが入り組んだ勢力間(大きな物は”同盟”と”ゲート連合”なのだけど、その中に無数の惑星と思惑が散らばっている)の破壊工作、クーデター、戦争へのきっかけ作りなどの政治闘争に割かれ、その上設定が(ここまで述べてきただけでも)やたらとややこしく、そこに途方もないパワーを発する”合流点”と呼ばれる謎の球体、既知のラインレベルを超えたライン11まで関わってきて──と”しっちゃかめっちゃか”になっていくのだけれども、そうした状況をイアンは全て歌うことでまとめあげ、状況を打破していくので基本的にはわかりやすい話であるともいえる。

キャラクタもいい。

また、キャラクター陣もたいへん素晴らしい。スラムから這い上がってきた、いまいち押しの弱い”天才”であるイアン、また敵方の勢力に位置する、もう一人の主人公にして、同じくレベル10ラインマン、それまでエリートの道を歩み強烈な自尊心を持つジョーダン・ロッシとの「持つものと持たざるもの(お互いがお互いに)」の対比。イアン・ランバートを辺境から見出し、自軍に引き入れ最大の理解者となり、その上人生の導き手となっていく皇女であるミシェル。レベル10ラインマンとは全員寝ることにしているんだと迫ってくる同盟のカティダ大将など、女性陣の魅力も抜群だ。

特にミシェルは最高で、「自分がもっとやっていればこんなことにはならなかったんだ」と語るイアンに対して、『「こうなっていたかもしれないという仮定の世界では生きられないぞ、イアン。自分がコントロールできる世界で生きるんだ。つねに前をむく。うしろではなく」』と力強く返答し(家訓でもある)、”皇族であること”の強い覚悟を示したり、細かいところでいいシーンがいっぱいあるのだ。

おわりに

けっこう読みにくい作品ではあると思うのだけれども、基本は”バカにされ、ないがしろにされていた主人公が実は銀河系最強の能力者だった件について”みたいなシンプルな話ではあるし、それでいて読み込むと設定や世界観それ自体も豊かなものでもあり、たいそう楽しい一冊である。近年のスペース・オペラ作品の中でも実はかなり好きな方だ。本作だけでもけっこうきれいに終わっているけれども、まだまだ明かされていない謎は数多くあり、残りのシリーズ作品の刊行が待たれる(実は三部作)。